いつか、君の涙は光となる
第三章
人を好きになる
暗く、深く、冷たい。鉛が靴の隙間から溜まっていくかのようだ。もう足を動かせない。湿った枯葉を踏みしめ、一歩進んだところで、私は木の下に力なく座り込んだ。
山の天気は変わりやすいと言うけれど、ここまでの土砂降りが急にやってくるとは、リーダーも想像していなかっただろう。
皆とはぐれてどれくらい経っただろう。冷たくなった指先を温めることもせずに、私は鼠色の空を見上げる。睫毛に溜まった雨粒の重さに耐えきれなくなったかのように、私はゆっくりと瞼を閉じる。
瞼の裏には、かつてクラスメイトだった、あの冷たい瞳を持った少年が浮かんでくる。まるで私を責めるかのように、暗く、冷たい視線で私を睨みつけている。
真っ黒な髪の毛に、精悍な学ラン姿の彼は、今一体何をしているんだろう。変わらず、今も私を、嫌っているのだろうか。
「おい、詩春、大丈夫か」
私の肩をゆさゆさと誰かが揺さぶる。私とは反対にまだまだエネルギーが有り余った様子の彼は、私のリュックを軽々持ち上げた。
「まさか詩春がそんなに体力ないとは……」
「ご、ごめん私に合わせて超初心者向けの山にしてもらったのに」
「あと少しだけど頑張れる? 立てる?」
登山サークルのリーダーである宗方君は、木の幹にすっぽりハマっていた私を引っ張り起こしてくれた。一人でいるときは弱気になってしまったけれど、宗方君の声を聞いた瞬間もう少し頑張れそうな気がしてきた。宗方君は、そんな私の体についた落ち葉を手で払ってくれた。
「ありがとう、足引っ張らないよう気合い入れます」
「はは、大丈夫。俺がいるから。一緒に登ろう」
そう言って、彼は私の腕を力強く引く。高校生のときと変わらず頼もしい彼の性格に、私は心から安堵していた。うん、大丈夫、歩ける気がする。そう自分に言い聞かせて一歩踏み出した。
登山サークルに入ることを決めたのは、何か新しいことを始めて、体を動かして、自分の殻を行動から破ってみたいと思ったから。これで何か変わるわけではないかもしれない。だけど、過去の記憶に浸ってぷかぷかと水に浮かんでいるだけだった自分より、よっぽど頭と体が働いている気がする。
一歩一歩踏み出す。それしか前に進む方法はない。シンプルなルールが、私の折れそうな心をギリギリで支えてくれていた。