いつか、君の涙は光となる
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地下鉄から降りて、長い階段を登って地上に出ると、待ち合わせ場所のビルがすぐ目の前にあった。歩道の桜は散ってしまい、五月の温かい空気が流れている。薄い春コートのポケットに手を突っ込み空を見上げていると、誰かに背中をポンと叩かれた。
「ごめん、待った?」
「ううん、全然。晴れてよかったね」
「ね、ちょっと暑いくらいだよ。服装ミスったな」
宗方君は、グレーのパーカーにネイビーのパンツという、いつも通りラフな格好で現れた。男の人と二人で待ち合わせをするなんて、この歳になって初めて体験したことに気づき、宗方君の顔を見てから急に緊張してしまった。そのことを悟られないように、すぐさま個展の場所を確認する。好き、と面と向かって言ってくれた人と出かけるなんて、よく考えたらどんな顔していたらいいのか分からない。
「やっぱりちょっと歩くね。表参道あんまり来ないから迷ったらごめん」
「俺も一緒に地図追うよ。割と奥まったところだね」
スマホの地図を頼りに、大通りを右に曲がって細い裏路地に出ると、こじんまりとした可愛い雑貨屋さんやヘアサロンが並んでいた。あと二百メートルほどで着くところまで進んだとき、もしかしたら吉木に会ってしまうかもしれない緊張感が走った。頭の中は宗方君のことも整理が追いついていないというのに。
もし、もし今吉木に再会したら、なんて言おう。あの日、話も聞かずに吉木を恐れてしまったことを謝るべきなんだろう。でも、どんなに言葉を用意しても、彼を目の前にしたら頭の中が真っ白になってしまうのは容易に想像できた。
ぐるぐると色んなことを頭の中で考えているうちに、ついに会場の前についてしまった。大部分がガラスでできたその会場は、外からでもそこそこ人が集まっていることが確認できた。木材でできた立て看板には、「airi」という文字が白のペンキで勢いよく描かれている。アイリさんらしき人が受付に見えて、心臓がドクンと大きく跳ね上がった。
SNSのアイコンで見たからすぐに分かった。絹糸のように滑らかでまっすぐな黒髪ロングに、アジア系のキリッとした顔立ちをしている。おしゃれ上級者しか使えないような、鮮やかな緑のアイシャドウを目元にスッと馴染ませている彼女は、クリエイターとしてのオーラを纏っているように見えた。
あの人が、里中アイリさん。吉木と一緒に山を登って、彼の瞬間瞬間を写真に残している人。