いつか、君の涙は光となる
 
 思わずそのオーラに圧倒されて入り口前で立ち止まってしまうと、バチっと里中さんと目が合ってしまった。
「こんにちは、良かったら見ていってください」
 ガラスのドアを開けて外に出てきた彼女は、思ったよりも華奢で可愛らしかった。私と宗方君は誘導されるがままに中に入った。
 床も天井も壁も真っ白な展示場に、青緑色をした山の写真が不規則に飾られている。この空間全体でアートなんだと、漂う空気からひしひしと感じた。人物の写真は少なく、所々ぽつんと存在するだけだった。
 作品の世界観に圧倒されて忘れてしまっていたけれど、吉木はここにはいないようだった。ホッとした、という気持ちが多くを占めていた。
「吉木いないね」
 隣で、宗方君が小声で呟く。数少ない人物写真の中には、カメラを睨んでいるような表情の吉木の写真が一枚だけあった。その写真の前で暫く止まっていると、背後からジャスミンのような香りがふわっと漂ってきた。
「吉木馨のこと、ご存知なんですか?」
 後ろを振り返ると、そこには里中アイリさんが立っていた。突然のことに驚き固まっていると、宗方君が私の代わりにあっさりと対応してくれた。
「そうなんです。高校のクラスメイトで、友達だったんです」
「そうだったんですか。高校生の彼、想像付かなくて笑えます。友達とかできないタイプだと思ってたので安心しました」
 まるで、鈴の鳴るような笑い声だ。私も一緒に合わせて笑うと、バチっと再び彼女と目が合った。
「馨に伝えておきますね。今日は新しいバイト先の初出勤日みたいでお休みなの。差し支えなければ、お名前お伺いしても?」
「ま、万里です」
 反射的に思わず偽名を使ってしまった。しまったと思った時にはもう遅く、隣で宗方君が微妙な表情で私を見つめていた。
「俺は宗方です。彼に伝える時、良かったらこの番号に連絡くれって言ってもらえませんか? 多分彼、過去の連絡先消してると思うんで」
 そう言って宗方君が渡した連絡先は、とても見覚えのある番号だった。それもそのはずだ。だってその番号は、宗方君の番号でなく私の番号だったから。驚き顔を見上げ口をパクパクさせると、宗方君は意地悪くべっと舌を出した。
 アイリさんは連絡先を受け取ると、ニコッと微笑んで、承知しましたと頭を下げる。
「馨の数少ない友達ですもんね。確かに渡します」
 お辞儀をしてから、アイリさんがこの場を去ってしまいそうになったので、思わず口から思ってもいない言葉が出てしまった。
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