いつか、君の涙は光となる
 
 留守電さえ感じの悪い言い方に思わず笑ってしまいそうになる。吉木は今どこにいるのか、草を掻き分ける音がかなり入り込んでいた。
『あー、違う。そうじゃなくて、お前も登山してんの驚いた。俺今、地元戻ったついでに烏ヶ山に登ってるんだけどさ、丁度これから山頂目指すとこ。今度タイミング合ったらそっちのサークルも合同で……行っ』
 そこまで言いかけた途端、突然吉木が呻き声を上げ、スマホ自体が土か何かに覆われたような音がした。そんな、かなり大きい衝撃音がした後に、録音電話は途絶えてしまった。
「え、吉木……? 嘘でしょ……」
 もしかして、脆い場所が崩落してしまったんだろうか。いずれにせよ、無音が続いてから通信が切れたので、吉木の意識も飛び、スマホが壊れるほどの衝撃があったということは理解できた。そこまで難易度の高い山ではないけれど、油断したら事故に繋がる規模ではある。体の血の気がさあっと引いていくのを感じた。ツーツーという機械音が、ただただ耳の鼓膜を震わせている。
「レ、レスキュー隊に連絡した方がいいのかな……。嘘でしょ、吉木」
 慌てて掛け直してみたが、もう彼のスマホには繋がらない。ぷつっと電話の切れた音がした瞬間、一気に不安に駆られた。
 このままもし、吉木に二度と会えなかったら、私はきっと後悔する。会いたいとか会えないとか、会う資格がないとか会わない方が相手のためとか、そんなことを通り越して吉木のことが心配だ。
 通話の切れたスマホを持ったまま、遠くに聳える烏ヶ山を見上げた。あそこに、怪我をした吉木がいるかもしれない。
 ただの杞憂かもしれない。会える確信も全くない。でも、彼がもしこの世からいなくなってしまったら、私はきっと立ち直れない。

これ以上、自分の人生に後悔をしたくない。絶対に。

 私は、私のことを助けに来てくれた吉木を思い出して、一歩足を踏み出した。

 登山口までシャトルバスで向かうと、いつも遠くに見えていた山が目の前に現れた。急いで地元に戻って来たので、リュックの中身が登山用のままだったのが不幸中の幸いだった。宗方君に教わったことを思い出して、私は山の中に入っていった。
 熊笹が、足元どころか自分の腰の位置まで生い茂り、行く手を邪魔してくる。そこを抜けると、まだまだ緩やかなブナ林が現れ、暫く変わらない景色を登っていく。天に向かって真っ直ぐに伸びていくブナは、美しい緑の景色の中に凛として立っている。GPSで自分がいる位置を把握しながら、一歩一歩確実に歩く。なんだか今にも雨が降り出しそうな空を見て、撥水加工のされたアウターを着ていて本当によかったと思った。
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