先輩から逃げる方法を探しています。
それは小学生の頃の話。
ある日、ピアノのコンクールがあった。
私はそのコンクールに出場し、同じピアノ教室に通っていた子も1人、同様にコンクールに出場した。
結果は、私は金賞。
ピアノ教室でもその結果を発表され、私は周りから拍手を貰い、先生からも褒められ、凄く嬉しくて喜んでいた。
…が、私から笑顔はすぐに消えた。
泣いている子。その子を慰める子達の私に対する視線。
それが目に映ったからだ。
その瞬間、恥ずかしさや罪悪感のような…言い表せない程の嫌な感情でいっぱいになった。
泣いている子がいるというのに喜んで笑顔でいたなんて、自分は最低だと。
私と同じく出場した子は受賞とはならなかった。
その子が一生懸命にコンクールに向けて練習をしていたことを知っていたから、尚更その嫌な感情は強まったのだろう。
それからというもの、何か賞を取ったり、褒められたりしても素直に喜ばなくなった。
逆の立場でもそうだ。
負けたりして悔しくても、泣いたりしなかった。
あの時、喜べなくなった自分が可哀想だと心のどこかで思っていたから。
「最初は自覚して抑えていました。我慢しようって」
そうやって感情を我慢して抑えている内に、いつの間にか喜怒哀楽すべての感情を素直に出さなく…いや、出せなくなっていた。
これで今の無表情の私の完成だ。
「…では、教えたので離してください」
「無理」
「は!?話しが違いますよ、先輩!」
離すどころか更に力を強められる。
「頑張ったね、翼ちゃん」
「急に何を言ってるんですか?」
「すぐに笑いたくても泣きたくても…今までずっと我慢してきたんでしょ。誰かを傷つけないために」
「っ……ち…違います。ただの自己防衛です。もうあんな気持ちになりたくなかっただけでっ…」
「それだけのためじゃないと思うよ。俺は翼ちゃんがとっても優しい子だって知ってるから。偉いね」
「別に…偉くも…優しくもない……です」
「俺は無表情のままの翼ちゃんも好きだけど、笑う翼ちゃんも泣く翼ちゃんも。もっと色んな顔をする翼ちゃんも見たいな」
「……意味がっ…わか…ら……ないですっ…」
「少なくとも俺の前では我慢しなくていいよってこと。素直になっていいよ」
目頭がじんと熱くなり、すぐに頬を伝う。
止めどなく溢れてくる。
何年ぶりなんだろう。人前で泣くのは。
しかも先輩の前で、なんて。
きっと現実離れした綺麗な星空のせいだ。