契約書は婚姻届
はぁーっ、尚一郎が出て行って日課のため息を落とすと、背後に立っていた野々村にびくりと肩を跳ねさせてしまう。

「今日はお花のお稽古でございます」

「はい、すぐに行きます」

どきどき、どきどき。

早い心臓の鼓動。

気配を殺し、いつの間にか後ろに無表情で立っている野々村には、いつまでたっても慣れない。

 
今日はお花だが、お稽古ごとはその日によって違う。

お花、お茶、マナーに社交ダンス、押部家の歴史、なんてものまである。

尚一郎としては最小限、朋香が本邸で恥をかかない程度でいいと思っていたようだが、お願いして徹底的にやってもらうことにした。

別に恥をかきたくないとか、ましてや尚一郎のためではない。
このあいだの祖父母の態度が、腹に据えかねていたから。

非の打ち所がない押部の奥様を演じて、悔しがらせたい。
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