契約書は婚姻届
そっと頬に尚一郎のが手がふれ、まだ残る涙を拭うかのように目尻にキスを落とされた。

「……万理奈って誰ですか?」

「……っ」

その名を聞いた途端に、つらそうに尚一郎の顔が歪んだ。

「万理奈さんとなにがあったんですか?」

「……」

じっと、尚一郎が見つめてくる。
まるで、聞かないでと云うかのように。
けれど、聞かなければいけないのだ、きっと。
たとえ、尚一郎が話したくないことでも。

じっと見つめ返し小さく首を振ると、はぁーっと尚一郎の口から大きなため息が落ちた。

「知ったらきっと、朋香は僕が嫌いになっちゃうだろうけど。
でも、話さないのはフェアじゃないね」

困ったように笑う尚一郎に、胸がズキズキ痛む。

自分から望んだことなのに、聞かない方がいいんじゃないかと後悔しかけた。
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