契約書は婚姻届
が、すぐに尚一郎が口を開いた。

「昔、僕は髪を黒く染めて、コンタクトで瞳の色も黒に近いものにしていたと云ったら、驚くかい?」

「え?」

「おかしいよね、そんなことをしたからといって、CEOが認めてくれるわけないのに」

くつくつとおかしそうに笑う尚一郎に悲しくなった。

なんとなく、事情はわかる。
毎回、達之助は尚一郎の髪の色がみっともない、などと責めていたから。

「……私は好きですよ、尚一郎さんの髪の色と瞳の色。
まるで、春の野原みたいで」

「Danke schoen(ありがとう)、朋香。
昔ね、朋香と同じことを云ってくれた人がいたんだ。
それが万理奈。
……崇之の妹」

ふっ。

淋しそうに笑った尚一郎が遠い目をした。
きっと、万理奈のことを思い出しているのだろう。
< 297 / 541 >

この作品をシェア

pagetop