契約書は婚姻届
「僕が入学した高校はね。
同じようにどこそこの御曹司、お嬢様ばかりが通う学校だったんだ。
この世界は案外、狭いからね。
当然、僕の事情は知れ渡ってた」

「……はい」

「面倒に巻き込まれたくなくて距離をとるか、下心があって取り入ろうとする人間がほとんどだったよ」

「それは……。
つらい、ですね」

自分だったらきっと、すぐに嫌になって学校に行かなくなっていただろう。
けれどたぶん、尚一郎がそんなことをして待っているのは、達之助からの激しい叱責。

「まあ、CEOから呼び出される度に、詰られたりものを投げつけられたりするよりずっとましだったよ。
どんなに期待してもCOOは助けてくれなかったし。
期待はそのうち失望に変わってた」

知らない異国の地でそんな毎日を送っていて、つらくなかったはずがない。
いまはなんでもない顔で話している尚一郎だが、これまでいくつ、山を乗り越えてきたのだろう。
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