契約書は婚姻届
「Nein(ナイン)、朋香。
押部社長じゃないだろ」

チッチッチッ、目の前で指を振って云われて軽く睨んでしまったが、尚一郎は笑っている。

「……押部、さん」

「Nein」

逃がさないかのように尚一郎は両手で顔を挟んでしまった。
僅かに笑った、レンズの奥の目は、愉しそうに朋香を見ている。

「僕の名前はもう、知っているだろう?」

「……尚一郎、さん」

「Nein」

睨みつけたまま、これも父の工場のためだと割り切って名前で呼んだのに、否定された上に尚一郎は手を離さない。

「尚一郎。
ほら、呼んで」

「尚一郎…………さん」
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