契約書は婚姻届
しかも、むっとすればするほど尚一郎は喜んでいるようで、さらに腹が立った。

「今日も朋香の話を聞かせて。
朋香はどんな子供だったのかな」

するり、尚一郎の手が頬を撫で、眼鏡の奥の目がうっとりと細くなる。
なにが楽しいのか知らないが、毎日、尚一郎は朋香のことを聞きたがる。

……自身のことは、なにも話さないのに。



「朋香、今日は後で業者の人たちが来るから」

「……?」

土曜日、朝食中になにを云われたのかわからなくて、もぐもぐと噛んでいたパンを飲み込むと首を傾げてしまう。

最初のうちこそ戸惑ったドイツ式の朝食だったが、すぐに慣れた。
ライ麦パンは朋香にあったらしく、いまではお気に入りだ。
それに一番問題のゆで卵は、エッグオープナーを準備してくれたおかげで簡単に解決したのもある。
< 69 / 541 >

この作品をシェア

pagetop