契約書は婚姻届
バスルームを出ると、部屋に尚一郎の姿はなかった。
開いている衣装部屋から声がするので覗くと、尚一郎ともうひとり、たぶん、スタイリストの女性が服を出したりしまったりを繰り返していた。

「朋香、もう決まるからちょっと待ってね。
……ああもう、なんで僕は、着物を作っておかなかったんだろうね!」

どうして尚一郎があんなに必死なのかわからない。

……いや、たがだか家族との食事に着物が必要だなんて、理解できないんですが。
セレブってそれが普通なの?
 
これを着て、差し出された服に躊躇したが、真剣な尚一郎に自分には拒否権はない気がして、小さなこだわりは捨ててそれを着る。
着替えているあいだに、尚一郎は後をスタイリストに託して部屋を出ていった。


されるがままに化粧を施され髪を結われ、鏡を見ると上流階級の若奥様ができあがっていた。

「馬子にも衣装ってこれを云うんだよね……」

自虐的に笑っていると、コンコンコンとノックの音がして飛び上がった。
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