都会人の付き合い方
「朝凪さん…あんなに若くてお綺麗だったのに…お悔やみ申し上げます」
「ああ…はい。お忙しい中をお運びいただきまして恐れ入ります。一悟君も、来てくれてありがとうね」
真っ黒な服を着た麻那美のお父さんが、急に僕の名前を呼んだので慌てて会釈をする。
何処か寂しげな笑顔を、同じく黒っぽい服を着ている僕達高永一家に振りまき、すぐに他の参列者の対応に移る。僕達と同じように、麻那美のお父さんは何処までも他人行儀だった。
僕らは、綺麗に並べられたパイプ椅子の2列目の端に座った。
僕の目の前には、麻那美が座っている。
膝、肩、声を震わせていた。泣いているのはハッキリと分かった。
ふと、麻那美よりも向こうにある、ワインの木箱をサイズアップさせたような棺桶を見る。
そこに横たわっている人は、蝋細工のように白っぽかった。
生前の華やかさや可憐さは、魂と一緒に天国へ昇っていって、今は凍りついて、決して作動しない感情…「無感動」とでもいったような物を身に纏っているだけだった。
麻那美のお母さん、瀬川朝凪さんは、亡くなってしまった。
死因はくも膜下出血。
お母さんや麻那美曰く、「頭をずっとハンマーで叩かれてるくらいの頭痛がする」らしい。
その痛さに苦しみながら天国へ逝ってしまった。夏休みも後半の、8月の下旬の頃である。
異変自体は、僕らも薄々気づいていた。
7月が終わる頃から、麻那美のお母さんが除草作業に参加しなくなったのだ。気になった僕の一家は、両親は麻那美のお父さんへ、僕は麻那美に訊いた。
然し、2人とも口篭ってしまった。
大人である親は事情を察せたのか、それ以上は尋ねなかったが、子供であり弁えを知らない僕はズケズケとお隣さんの家庭事情に首を突っ込んでいたのである。
そしてとうとう、麻那美は涙ながらに教えてくれた。
母親が病気で入院していること。
頭痛に襲われ、食べた物を吐いてしまうくらい衰弱してしまっていること。
前までとても健康的だった身体も、日に日に痩せてしまっていること…。
僕はそこまでしか知らない。
僕から訊いたとはいえ、麻那美が喋り続けたのは珍しいことだったのだが、それも嗚咽に邪魔され、終には話が途切れてしまった。僕はただ、麻那美の背中をさすることしか出来なかった。
自分から踏み込んできた癖に、最低だと思う。
このことは、両親にも話した。
それから、僕らは定期的に電車に乗ることになった。
麻那美のお母さんが入院している病院は、喜歓町の隣町の大きな病院だと知った僕達は、車もなければこんな辺鄙な所を通るタクシーも居ないので、仕方ないから電車で行くしかないのである。
ガタゴトと、一両編成の電車に乗り、半時間ほどかけて隣町へ行き、お見舞いに行く。
「…ああ、いらっしゃい!」
「私は別に大したことないんですけどね…」
「あら。一悟君もいるの?おばさんのベッドの上に座る?」
苦しい筈なのに、どうして平気そうに笑うのか。
僕に対して、何故いつも通りの優しい笑顔が出来るのか。
僕には分からない。
そんな思いのまま、僕はベッドの上に座る。
ポフッ、と僕の体重に圧迫されたシーツは空気を吐き出した。
病院らしく、消毒液臭い。
「ああ…はい。お忙しい中をお運びいただきまして恐れ入ります。一悟君も、来てくれてありがとうね」
真っ黒な服を着た麻那美のお父さんが、急に僕の名前を呼んだので慌てて会釈をする。
何処か寂しげな笑顔を、同じく黒っぽい服を着ている僕達高永一家に振りまき、すぐに他の参列者の対応に移る。僕達と同じように、麻那美のお父さんは何処までも他人行儀だった。
僕らは、綺麗に並べられたパイプ椅子の2列目の端に座った。
僕の目の前には、麻那美が座っている。
膝、肩、声を震わせていた。泣いているのはハッキリと分かった。
ふと、麻那美よりも向こうにある、ワインの木箱をサイズアップさせたような棺桶を見る。
そこに横たわっている人は、蝋細工のように白っぽかった。
生前の華やかさや可憐さは、魂と一緒に天国へ昇っていって、今は凍りついて、決して作動しない感情…「無感動」とでもいったような物を身に纏っているだけだった。
麻那美のお母さん、瀬川朝凪さんは、亡くなってしまった。
死因はくも膜下出血。
お母さんや麻那美曰く、「頭をずっとハンマーで叩かれてるくらいの頭痛がする」らしい。
その痛さに苦しみながら天国へ逝ってしまった。夏休みも後半の、8月の下旬の頃である。
異変自体は、僕らも薄々気づいていた。
7月が終わる頃から、麻那美のお母さんが除草作業に参加しなくなったのだ。気になった僕の一家は、両親は麻那美のお父さんへ、僕は麻那美に訊いた。
然し、2人とも口篭ってしまった。
大人である親は事情を察せたのか、それ以上は尋ねなかったが、子供であり弁えを知らない僕はズケズケとお隣さんの家庭事情に首を突っ込んでいたのである。
そしてとうとう、麻那美は涙ながらに教えてくれた。
母親が病気で入院していること。
頭痛に襲われ、食べた物を吐いてしまうくらい衰弱してしまっていること。
前までとても健康的だった身体も、日に日に痩せてしまっていること…。
僕はそこまでしか知らない。
僕から訊いたとはいえ、麻那美が喋り続けたのは珍しいことだったのだが、それも嗚咽に邪魔され、終には話が途切れてしまった。僕はただ、麻那美の背中をさすることしか出来なかった。
自分から踏み込んできた癖に、最低だと思う。
このことは、両親にも話した。
それから、僕らは定期的に電車に乗ることになった。
麻那美のお母さんが入院している病院は、喜歓町の隣町の大きな病院だと知った僕達は、車もなければこんな辺鄙な所を通るタクシーも居ないので、仕方ないから電車で行くしかないのである。
ガタゴトと、一両編成の電車に乗り、半時間ほどかけて隣町へ行き、お見舞いに行く。
「…ああ、いらっしゃい!」
「私は別に大したことないんですけどね…」
「あら。一悟君もいるの?おばさんのベッドの上に座る?」
苦しい筈なのに、どうして平気そうに笑うのか。
僕に対して、何故いつも通りの優しい笑顔が出来るのか。
僕には分からない。
そんな思いのまま、僕はベッドの上に座る。
ポフッ、と僕の体重に圧迫されたシーツは空気を吐き出した。
病院らしく、消毒液臭い。