【長編】戦(イクサ)林羅山篇
秀頼の本心
 幸村と勝永は姿勢を正して秀頼
の本心を聞いた。
「ここが死地であることは変わら
ない。討ち死に覚悟で出陣し、徳
川勢に一矢報いるのも一案、ご両
人とならそれも悔いはない。しか
しそれでは徳川家を喜ばせるだけ
で、残った領民には恨みと苦難が
残り、新たな乱世を生み出すかも
しれん。すでに一揆が起きている
ところもあると聞く。天下泰平の
世を乱さないためには徳川勢に一
矢報い、更に徳川勢を出し抜いて
この地から密かに遁れることでは
ないだろうか。この秀頼、ただ生
き延びたいがために言っているの
ではない。徳川家に従わぬ者がこ
の世のどこかにいるということ
で、天下を安穏と治めさせないた
めじゃ。ただしわしは千と子らを
残していく。豊臣家は二度とこの
世に現れない証じゃ。こたびの戦
で多くの血を流すことになる。そ
の報いはわしと母上が生き地獄に
身をおくことですべて受けるつも
りじゃ。これがわしの本心。ご両
人に卑怯とののしられてもよい。
わしは秀吉公のような神にはなれ
ん。ただの人じゃ」
 幸村がしばらく考えて口を開い
た。
「卑怯なのは我らかもしれませ
ん。殿に重荷を背負わせて戦をし
ようとしているのですから。しか
しよくそこまでお考えになられ
た。このお方を徳川勢に殺させる
わけにはいかん。なあ、勝永殿」
「はい。まことによう本心を明か
していただいた。これで我らは心
置きなく戦えます。ところでもう
すでに遁れる術は整っておるので
すか」
「いや、完全には整ってはおら
ん。この城の地下には淀川に通じ
る坑道がある。その坑道までの通
路をどこに掘るかがまだ決めてお
らんのだ」
 勝永が察して言った。
「それは私にお任せ願えません
か。密かに掘るには多少の時間は
かかりましょうが、早急に通路を
掘ってご覧に入れます」
「では、わしの兵も手伝わせよ
う」
「勝永殿、幸村殿、礼を申しま
す」
 秀頼は二人に深々と頭を下げ
た。それに続いて淀も泣きながら
頭を下げた。
 幸村が照れくさそうに言った。
「ほれた。いやぁ、殿にほれもう
した」
「ほんに、私もほれました。参り
ましたな」
 幸村と勝永は秀頼に全てを話さ
せた淀の賢母ぶりに感服した。
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