【長編】戦(イクサ)林羅山篇
武士の時代の断末魔
 松平忠昌も部隊を城内に向かわ
せようとしたが、稲葉正成に止め
られた。
「若殿、ご覧ください。豊臣勢は
敵味方かまわず殺し合っておりま
す。これはもはや戦ではありませ
ん。あの中に入っては出るのが難
しい」
「ではここに留まろう。しかし、
奴らは何を考えておるのじゃ」
「豊臣勢に多く残っているキリシ
タンは自ら命を絶つことを戒めら
れております。それで相手を殺
し、自分を殺させているのかもし
れません」
「淀と秀頼はそれを分かっていて
キリシタンを集めたのであろう
か」
「それだけではないでしょう。目
の前のだれかれかまわず斬るのは
敵味方を確認する間が必要ありま
せんから、もしやこれが遁甲かも
しれません」
「とんこう」
「はい。本来、遁甲は遁れるため
の術ですが、今起きているのは誰
かを逃がすための犠牲になってお
るように思います」
「それは淀と秀頼か」
「おそらく」
「では我らは淀と秀頼を捕まえよ
うぞ」
「それはもはや手遅れかと思いま
す。すでに遁れておるか、捕まら
ない手をうっておりましょう」
「そのようなことができるのか。
淀と秀頼、恐ろしい者らじゃな」
「家臣に死をいとわなくさせる。
それでこそ名君と言えるでしょ
う。これは失礼。敵を褒めてしま
いました」
「よいよい。わしも肝に銘じよ
う」
 大坂城は炎に包まれ、その下は
地獄と化し、武士の時代が消え去
ろうとしていた。
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