【長編】戦(イクサ)林羅山篇
神号論争
 道春が家康の遺言のとおり、駿
河文庫の書物を分配していた頃、
幕府では家康を神として祀る準備
がすすめられていた。
 民衆は幕府が豊臣秀吉を豊国大
明神として祀っている京、豊国神
社の取り壊しをしたことで精神的
支柱を失っていた。それを引き継
ぐ神として家康を明神として祀る
ことを正当化する神の易姓革命を
考えていた。ところがこれに天海
が異論を唱えだした。
「上様、これでは秀吉の二の舞に
なりますぞ」
「しかし父上を神とするにはこれ
しかあるまい」
「いえ、ございます。権現とする
のです。大日如来が神となって現
れたのが、帝の祖先である天照大
神で、これが山王権現として祀ら
れておるのです。乱世を憂いた大
日如来が再び大御所様となって現
れ『厭離穢土、欣求浄土』を旗印
に戦い、天下泰平の世を築いたの
です」
 これを聞いていた崇伝が口を挟
んだ。
「そのようなこと、民はすぐに見
破りましょう。すでに明神は世に
馴染んでおります。それを踏襲す
ることで早く受け入れられましょ
う。これから新しい考えを唱える
は邪道にございませぬか」
「何を申される。これから始まる
天下泰平の世はかつての世とは違
う。まったく新しい世にしなけれ
ばなりません。それには後年に世
を乱した秀吉の明神を引き継ぐは
不吉にございます。崇伝殿は新し
い考えと申されたが、これは太古
の帝の祖先とも通じる天下の正道
ですぞ」
「それを今の帝がお認めになりま
しょうか」
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