【長編】戦(イクサ)林羅山篇
書の真贋鑑定
 元和五年(一六一九年)
 秀忠は後水尾天皇への怒りを忘
れようと、政務に専念した。
 五月には京、伏見城に向かっ
た。それに道春は東舟と共に同行
した。
 道春が呼ばれたのは、この頃、
織田信長の弟で今は茶道を極めて
いた織田有楽斎が紫野大徳寺の
僧、紹長から買った宗峰妙超の書
の掛け軸が贋作ではないかとの疑
いがあり、崇伝らの名だたる者が
真筆と認めたが、沢庵宗彭、江月
宗玩などの僧がなおも贋作と主張
したため幕府に裁断を求めた。そ
れを聞いた秀忠が書の真贋を見極
めるのに長けた道春に鑑定させよ
うとしたのだ。
 まず秀忠が宗峰妙超の真筆の書
を集めさせてそれと比較した。し
かしはっきりしない。
「道春、どうじゃ」
「拝見したします」
 道春は疑われている書を丹念に
調べた。
「この書には筆跡に勢いがなく、
迷いながら書いたか、手本を見な
がら書いたものと見受けられま
す。それにこの箇所の字は誤字で
す。妙超がこのような間違いを書
き残すとは思えません。この書は
巧妙に書かれた贋作と思われま
す」
「おお、なるほど。道春、よう見
破った」
「恐れ入ります」
 これにより贋作と認められ、
売った紹長は処罰された。
 このことにより崇伝は秀忠から
信用を失いかけたが、他の者も見
破れないほどの巧妙な贋作だった
というこや崇伝が真贋の鑑定を専
門にしていたわけではないので、
特にとがめられることはなく、し
ばらくして禅宗五山十刹以下の寺
院を取り仕切る僧録司に任じられ
た。
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