【長編】戦(イクサ)林羅山篇
藤壺
「お爺様は私にとっては今でもお
爺様です。権現様などと、それこ
そ名ばかりではありませんか」
「ほう、そなたはそのように思わ
れているのですか」
「はい。でも八百万の神と申しま
すから、お爺様のような神様がい
てもいいのかもしれません」
「そなたのお爺様はどのようなお
方だたのですか」
「お爺様は優しい時もあり、怖い
時もあります。私たちと遊ぶ時は
まるで童のようにはしゃぎます」
「ほほう、童のようか」
「はい」
「そなたもこのように沢山の絵巻
物を広げ、まだ童のようですね」
「ああ、これは絵を見ていたので
す。こうして次々に絵を見ていく
と、まるで平安の世に行ったみた
い。人々が生きているように見え
るのです」
「たしかにこの絵はすばらしい。
そなたは源氏物語をご存知です
か」
「はい、一通りは聞き知っていま
すが難しくて、なぜ藤壺は光源氏
を受け入れたのでしょうか。光源
氏の母なのでしょ」
「母といっても光源氏を産んだ母
ではありません。ひとりの女とし
て光源氏を愛していたのでしょ
う」
「でも藤壺には光源氏の父、桐壺
帝がいます。桐壺帝との間に愛情
はなかったのでしょうか」
「あったと思いますよ。でも光源
氏の藤壺を慕う愛情を拒めなかっ
たのだと思います」
「私も藤壺のようになりたい」
「それは……」
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