【長編】戦(イクサ)林羅山篇
家光の狙い
 家光は以前からお忍びで城下町
を観て周っていた。その体験から
自分の気持ちを道春に正直に話し
た。
「はい。私は民の生活を見聞きす
るにつけ、天下泰平が民にまで行
き届いていないことを知ったので
す。このまま私が公家の姫を迎え
れば、公家と武家だけが豊かにな
り、貧しい民の不満はやがて騒乱
の芽となりましょう。和子が帝と
結ばれたのなら、私は民と結ばれ
るのが天下泰平を万民に行き渡ら
せることになると思うのです」
「若様のそのお考えは大変良いこ
とにございますが、上様がお知り
になれば世継ぎどころか切腹をご
命じになるやもしれません」
「その覚悟はできております。私
は権現様が築いた天下泰平の道が
父上のしていることで断たれるこ
とを死をもって訴えるつもりでい
ます」
「若様、そのようにことを急いで
はなりません。お福殿はこのこと
を知っておられたのか」
「はい。存じておりました」
「知っておって、そのようにのん
気な顔を」
「竹千代様は私が命に代えてお守
りします。すでに手はずは整いつ
つあります」
「それはどのような」
「それは、今はお知りにならない
ほうが良いと思います。道春様に
は竹千代様のお考えを上様に伝え
ないでおいてほしいのです」
「当然です。伝えられるわけがな
いでしょう」
< 160 / 259 >

この作品をシェア

pagetop