【長編】戦(イクサ)林羅山篇
キリシタンの矛盾
「先生、それを聞いて安心しまし
た」
「しかし若様、命を懸けるなど
もってのほかですぞ。命を粗末に
してはなりません」
「分かっております。それぐらい
の覚悟がなければ父上を動かせな
いと思うだけで、本当に命を絶つ
気はありません」
「それを聞いて安心しました。で
はキリシタンの処断について上様
に反発しておられるのも民を心配
してのことなのでしょうか」
「そうです。なぜ父上はあのよう
にキリシタンを苦しめ殺すのか。
キリシタンと疑われるだけで拷問
を受けると聞いています。これで
は民の心が離れてしまいます」
「若様のおっしゃるとおりです。
しかし、上様のお立場もお察しく
ださい。本来ならこの地にキリシ
タンを受け入れてはいけなかった
のです。かつて織田信長公が天下
布武の名のもとにキリシタンの持
ち込んだ鉄砲や知恵を手に入れる
ためにその教義の意味を深く考え
ず受け入れました。それが国中に
広まり、戦の形を変えてしまいま
した。それに気づいた豊臣秀吉公
は禁教令を出しましたが時すでに
遅く、諸大名がキリシタンの洗礼
を受けるほどに深く入り込み、政
務にも影響を与えるようになりま
した。キリシタンは人には愛せよ
と申しますが、側室を儲けること
を良しとせず、自分たちの神だけ
を信仰するように求め、八百万の
神を愛することを拒んでおりま
す。これでは対立を深め、この地
に争いを持ち込んで疲弊させ、共
倒れになったところを植民地にす
るのではないかと疑われましょ
う。そうでなくても大砲や火箭の
ような多くの将兵を一瞬で殺す武
器が現れ、これらがキリシタンの
手に渡り広まればこの地の者は全
て死にます。古来より、災いは芽
のうちならば手でつまんで取り除
くことができるが、大樹に成長す
れば容易に切り倒すことはできな
いと申します。上様は大樹にまで
なったキリシタンを倒さなければ
ならなくなったお立場なのです」
< 161 / 259 >

この作品をシェア

pagetop