【長編】戦(イクサ)林羅山篇
戦の備え
 寛永三年(一六二六年)
 家光が二月早々に川越、鴻巣で
巻狩りをするのに道春も共をし
た。
 ほとんどの家臣が獲物を追い立
てに向かい、馬上の家光と道春は
その様子を眺めた。
「道春、キリシタンは九州にまで
追い詰められたが、抵抗は衰えて
いないようだ。そこで水野守信
が、踏絵という物を考えてな」
「踏絵」
「そう、キリシタンが信仰してい
る聖者の絵を踏ませることで、キ
リシタンかそうでないかを見極め
る物だ」
「なるほど、しかしそれではキリ
シタンでもその絵を踏めば遁れら
れるのではないですか」
「そうだ。その絵を踏まぬという
ことはキリシタンである以前に幕
府に対する謀反人ということだ。
私はキリシタンであってもその信
仰を他の者に流布せず、自分たち
の内に隠すのであればそれでよい
と思っておる」
「その踏絵を使えば、キリシタン
でない者に拷問などしなくてすむ
ということにもなりますな」
「そうなのだ。そこで守信を長崎
奉行にすることにした。しかしこ
れですべてが治まるとは思えん。
いずれ戦になるやもしれん。道春
は以前、戦の前にこうした巻狩り
で兵の訓練をしておったのだろ」
「はっ、そうにございます。それ
で私にお供を」
「そうだ。それを教えてもらいた
いのだ。私に兵を統率する器量が
あるかも知りたいのだ」
「それは上様にはすでに備わって
おられます。兵を動かすにはま
ず、目的を明確にし、兵を信頼し
て自由に行動したくなるようにす
ることにございます。守信殿の考
えを取り入れ、長崎奉行にされた
ことはまさにこれと同じにござい
ます」
「道春にそう言われると自信が出
る」
「恐れ入ります。上様、あとは馬
を乗りこなすことにございます」
「よし分かった。着いて参れ」
 家光が馬を走らせると、道春も
その後に続いた。それから家光は
柳生宗矩から剣術の指南を受け、
新陰流兵法を会得した。さらに道
春から「孫子諺解」「三略諺解」
「四書五経要語抄」など兵法や帝
王学の書を習い、戦に備えた。
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