【長編】戦(イクサ)林羅山篇
菩提寺
家光は一通りの行事を終える
と、政務を理由に少数の家臣だけ
を引き連れて江戸に戻った。そし
て江戸城、西の丸のお江与のもと
に向かった。そこにはお江与が布
団に全身をくるまれ外から見えな
くなっていた。すでに日がたって
いたため、亡骸の腐敗がひどく、
病がうつる危険もあったからだ。
そこで家光はやむなく徳川家で初
めて荼毘にふし、菩提寺である芝
の増上寺に埋葬することを決め
た。
この時、天海はお江与を新しく
建立した上野の寛永寺に埋葬する
ことを願っていた。お江与を埋葬
すれば、いずれ秀忠も埋葬するこ
とになり、寛永寺が徳川家の菩提
寺になるからだ。しかし家光が迷
うことなく増上寺と決めたこと
に、何者かの入れ知恵で自分と距
離をおこうとしていることを悟っ
た。
道春はお江与が死んだことなど
知らされることもなく京に留ま
り、東舟らと忙しい雑務をこなす
合間、自宅に戻った。
初めて会う四男、右兵衛は三歳
になっていたが身体が弱く、まだ
歩けず、言葉も喋らなかった。心
配する亀をよそに道春は右兵衛を
抱きかかえた。
「三歳になっても歩かなかった蛭
児は夷三郎という福神になった。
もしやこの子も大器晩成なのかも
しれんぞ」
そう言って笑い、亀を元気づけ
た。しかしそれから間もなく、亀
の父、荒川宗意が死んだという知
らせがあり、これには道春にも泣
き続ける亀を慰める言葉が見つか
らなかった。
と、政務を理由に少数の家臣だけ
を引き連れて江戸に戻った。そし
て江戸城、西の丸のお江与のもと
に向かった。そこにはお江与が布
団に全身をくるまれ外から見えな
くなっていた。すでに日がたって
いたため、亡骸の腐敗がひどく、
病がうつる危険もあったからだ。
そこで家光はやむなく徳川家で初
めて荼毘にふし、菩提寺である芝
の増上寺に埋葬することを決め
た。
この時、天海はお江与を新しく
建立した上野の寛永寺に埋葬する
ことを願っていた。お江与を埋葬
すれば、いずれ秀忠も埋葬するこ
とになり、寛永寺が徳川家の菩提
寺になるからだ。しかし家光が迷
うことなく増上寺と決めたこと
に、何者かの入れ知恵で自分と距
離をおこうとしていることを悟っ
た。
道春はお江与が死んだことなど
知らされることもなく京に留ま
り、東舟らと忙しい雑務をこなす
合間、自宅に戻った。
初めて会う四男、右兵衛は三歳
になっていたが身体が弱く、まだ
歩けず、言葉も喋らなかった。心
配する亀をよそに道春は右兵衛を
抱きかかえた。
「三歳になっても歩かなかった蛭
児は夷三郎という福神になった。
もしやこの子も大器晩成なのかも
しれんぞ」
そう言って笑い、亀を元気づけ
た。しかしそれから間もなく、亀
の父、荒川宗意が死んだという知
らせがあり、これには道春にも泣
き続ける亀を慰める言葉が見つか
らなかった。