【長編】戦(イクサ)林羅山篇
春日局、拝謁
 天皇は春日局にあからさまに冷
めた態度をみせた。
「いまさらそなたに会ってなんに
なる。私の父上はそなたらを最後
まで信じて身まかられた。なのに
状況は悪くなる一方ではないか」
 後水尾天皇の父、後陽成天皇は
小早川秀秋が幕府に入り、朝廷の
ために働いてくれるものと期待し
ていた。しかし元和三年(一六一
七年)に崩御した。
「まことにお恐れながら、謹んで
申し上げます。徳川家が間違った
ことをしているでしょうか。たし
かに帝への対応は厳しく、神をも
恐れぬ所業に思われるのは仕方の
ないこと。しかし民の暮らしはど
うでしょうか。キリシタンのよう
な一部の者たちにはいまだ、辛い
日々が続いておりますが、かつて
の乱世を思えば、安楽な世になり
つつあります。これに波風を立
て、再び乱世にすることが先帝の
お望みだったのでしょうか。病を
治すには痛みをともない、癒えた
としても傷となって残ることもあ
ります。それを恐れて死を待つこ
とは人の上に立つ者のすることで
はありません。帝は御譲位されれ
ばそれですむかもしれませんが、
上様には到底出来ぬこと。今はそ
れを支えるのが私たちの役目にご
ざいます」
「私が民のことを考えていないと
でも申すのか」
「いえ、民が帝から遠ざかってい
るのです」
「なに……」
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