【長編】戦(イクサ)林羅山篇
民部卿法印
 秀忠はやっと落ち着き、力なく
座った。
「よいですか父上、まだ全てが終
わったわけではありません。帝は
公家らに何も告げずに御譲位され
たと聞きます。これは帝が我らに
味方し、公家らが孤立したとは考
えられませぬか」
「……」
「公家らは頼るものがこの幕府し
かないのです。今は公家らに手を
差し伸べ、恩を着せて身勝手な帝
と離反させれば、朝廷をなきもの
に出来るではありませんか」
「朝廷がなくなる」
「そうです。公家らを飼い慣らす
良い機会となりましょう」
「ふむ」
「今は寛大なお心をみせる時で
す」
「家光、お前はやけに落ち着いて
おるな。そういえば東舟と道春は
今、京におるはず。まさかお前、
何か謀ったか」
「父上はお歳のせいか疑い深く
なっておられますな。東舟と道春
は亡き父の葬儀に行っておるので
す。そもそも帝に拝謁など出来ま
すまい」
「それもそうじゃな。では、この
ことはお前に任せる。わしはもう
疲れた」
「ははっ」
 家光は秀忠に礼をするとチラッ
と正勝を見た。すると正勝も礼を
して家光と目が合い、お互いにニ
ヤッと笑った。

 天皇の譲位で役目を終えた春日
局が江戸に戻り、しばらくして東
舟、道春も江戸に戻った。そして
十二月三十日、家光のはからいで
道春は民部卿法印に東舟は刑部卿
法印という僧侶としては最高の位
を授けられた。
 東舟は儒学者として僧位を受け
ることをためらったが、道春が働
きやすくなることを考え従うこと
にした。
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