【長編】戦(イクサ)林羅山篇
非情と執念
 徳川家康は征夷大将軍の地位を
秀忠に譲ったといっても大御所と
してなおその権力は絶大だった。
 こういった体制は豊臣秀吉と秀
次の時に混乱を招いたが、その時
の秀吉と秀次は実の親子ではな
かった。その点、家康と秀忠は実
の親子として一心同体のように息
を合わせ、役割分担をして活動し
ていた。
 家康が江戸から京、伏見城に
やってくると林羅山を呼んだ。
「羅山殿は秀頼様をどのように見
ておいでじゃ」
「災いの芽にございます」
「なんと。それはまたなぜ」
「はい。秀頼様は今はまだ若く、
豊臣家家臣や恩顧の諸大名の意の
ままになりましょうが、いずれそ
の芽は巨木になり、亡き太閤を偲
ぶ庶民の期待が高まると思いま
す。そうなった時、大御所様はど
うされるおつもりですか」
「そうなれば秀頼様は関白にな
り、幕府がつぶされると申すか」
「そうお考えになられたから将軍
を上様にお譲りになり、災いの芽
を大御所様自ら摘もうとされてい
るのではないかと推察しました」
「もしそうだとして何の大義名分
がある」
「秀頼様を摘み取る大義名分はあ
りませんが、豊臣家を摘み取る大
義名分ならあります」
「それは何じゃ」
「先の朝鮮出兵により、わが国と
朝鮮国の関係はいまだ良好とは申
せません。これを良好にしようと
思えば、いまだに大きな力を持つ
豊臣家の存在は障害となりましょ
う。朝鮮出兵の責任は誰にあり、
その処罰はどうするかは何も決
まってはおりません。これを大義
名分とすれば豊臣家恩顧の諸大名
も納得せざるおえないでしょう」
「そうか、ではまず朝鮮国との和
平を推し進めれば良いのじゃな」
「さすがわ大御所様。ご明察のと
おりにございます」
 この時、家康は羅山の非情さを
知り、羅山は家康の執念を知っ
た。
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