【長編】戦(イクサ)林羅山篇
家光と忠長
 この後、忠長は家光と会った。
家光には稲葉正勝が側につき、忠
長には正勝の弟、正利が側につい
ていた。
「兄上、父上のこと、なぜもっと
早く知らせてくれなかったのです
か。母上の時もそうでした。なぜ
このように私を邪険になさるの
か」
「そう言うな。我らは天下を預
かっておるのだ。天下が乱れるこ
とに注意を払わねばならない。忠
長は父上、母上思いだから知れば
うろたえるであろう。それを恐れ
てのことだ。察してくれ」
「それだけでしょうか。私はもっ
と兄上のお力になりたいと思って
いるのです。それなのに兄上は私
になにも命じられません。私は空
しゅうございます」
「では申すが、そなたは何をして
おる。駿河ではそなたの良からぬ
噂が広まっておるぞ」
 それを聞いていた正利が思わず
口を挟んだ。
「上様にお恐れながら申し上げま
す。忠長様の噂は根も葉もないこ
と。忠長様は駿河をまっとうに治
められております」
 正勝が制した。
「無礼であるぞ正利。控えよ」
「まあよい。しかし今の駿河は権
現様が治められていた。その時よ
りも良くなっているという話は聞
いたことがない」
「それは……。良い領地を維持す
ることも大事ではないですか」
「そうだな。まぁ、波風を立てぬ
ようにしておればよい」
「はっ」
 家光と忠長はわだかまりが残っ
たまま別れた。
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