【長編】戦(イクサ)林羅山篇
師弟を超えて
「そなたが玄朔先生の弟子の得庵
か」
「そうです。先生は覚えておいで
ではないでしょうが、私の父母は
死ぬ間際まで追い詰められた生活
をしておりました。そこに先生が
おいでになり、仕事を与えられて
命を救われたのです。私はそのご
恩をお返しに参りました。どうか
側に置いてください」
「それは私が死ぬ前のこと。今は
生まれ変わった。だからもう恩を
感じることはない。それよりそな
たに聞きたいことがある。今、岡
山はどうなっておる。領民は達者
か」
「それはもう恨んでおります。
あっ、これは失礼しました。悪い
意味ではございません。せっかく
良くなりかけた領地を残して先立
たれたことで悔しがっておるので
す。しかし、それが功を奏して先
生の後においでになったご領主は
楽に治めております」
「そうか、それはひとまず安堵し
た」
「あのう、それで私のことは」
「おお、今の私は側に仕える者な
ど置けぬ身分だから、私の弟子に
でもなるか」
「なります。うれしゅうございま
す」
 羅山は得庵が自分より一つ年上
と分かり、心強い味方を得たこと
に喜んだ。そして師弟を超えて何
かと相談しあい、老僧の乗阿を招
いた時も源氏物語の講義を供に聴
いた。
 幕府への仕官はまだ出来なかっ
たがそれでも充実した日々を過ご
した。
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