【長編】戦(イクサ)林羅山篇
松永貞徳
 ある日、松永貞徳が林信澄と一
緒に羅山のもとにやって来た。
 貞徳は俳句や和歌の歌学者で木
下長嘯子と並ぶ歌人として先駆的
な役割をはたし、庶民を対象とし
た私塾も開いていた。信澄はそこ
で貞徳に和歌を習っていた。
 貞徳の子、昌三が藤原惺窩の弟
子となっていた関係で羅山も以前
から貞徳と親交を深めていた。
「兄上の幕府への仕官が遅れてい
るのはどうも問答で立ち会ってい
た承兌殿と元佶殿がまだ快く思っ
ていないらしいのです」と信澄が
切り出すと貞徳が補足した。
「あのお方たちは最近、キリシタ
ンの盛況で信者の改宗が相次ぎ、
ただでさえ苦境のところに羅山先
生が仕官されては自分たちの発言
権がなくなると危惧しているので
す」
「その心の狭さが信者を失ってい
ることに気がつかないのでしょう
か」
 信澄が批判すると羅山は苦笑し
ていった。
「信澄の言うことも分かるが、こ
の国で永い間、強大な勢力を保っ
てきたものが、こうもあっさりと
衰退するとは、戦が人の心情を変
えてしまったのかもしれんな。庶
民は新しい心の支えを求めている
のだろう」
「しかし、これは羅山先生にとっ
て好機ではないですか。キリシタ
ンをやり込めてその勢いを止めれ
ば、承兌殿と元佶殿も先生を認め
ざるおえない」
「それはそうですが、どうやって
やり込めると言うのですか」
「この国でキリシタンになりハビ
アンと名乗っている者がおりま
す。この者が妙貞問答という書物
を書き、今までこの国に根付いて
いる宗教を全て否定しています。
それにこの者、大地は球形だと申
して庶民を惑わしております」
「大地は球形」
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