【長編】戦(イクサ)林羅山篇
福の父
 林羅山が木下長嘯子の屋敷に行
くと長嘯子が待ちかねたように出
迎えた。
「待っておったぞ羅山。二日前に
福の使者と名乗る者が手紙を置い
て行きおった。竹千代様が高熱を
出したと言っていたが、そんなに
深刻なのか」
「そのことはその手紙に書いてあ
るのでしょう」
 羅山は長嘯子から受け取った手
紙を読んで時々笑みもこぼれた。
「そんなに深刻そうではないな」
「いえいえ、かなり心配は心配で
す。竹千代様の高熱がただの病気
なら福のところの子らも同じ年頃
に熱を出して治っているので心配
はないということです。しかし、
もし病気でないとしたら…」
 福の父は明智光秀の家老だった
斉藤利三で、竹千代の母であるお
江与の叔父は本能寺の変で光秀に
暗殺された織田信長だった。その
因縁からお江与は福を疎ましく
思っていた。お江与が、次男の国
松に乳母を決めず自分で育てると
いう前例のない行動に出たのもそ
のためだ。そして竹千代の高熱が
出たとなればどうしても疑われ
る。
「万が一、竹千代様が亡くなった
ら福も失態の責任をとって自刃す
るとあります。その災いが稲葉家
にふりかからないように正成とは
離縁するそうです。そして巫女と
なり、お祈りするともあります。
福はこんなに強い女だったでしょ
うか」
「会うたびに、ほんとに肝のす
わった女になっていくと思うよ。
まるで竹千代様の母のようになっ
ていく」
「そうだとしたらこれは良い機会
かもしれません。なんとしても竹
千代様には全快してもらわなけれ
ば。私は大御所様に薬材を取り寄
せるよう命じられ、手配している
ところです」
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