【長編】戦(イクサ)林羅山篇
羅山改め道春
 伏見城で林羅山が来るのを待っ
ていた家康は竹千代の病が自分の
調合した薬で治ったと聞き上機嫌
だった。
 家康は羅山が広間に入り座って
ひれ伏そうとするとそれを制する
ように喋り始めた。
「羅山殿、来年の早々、駿府に来
てもらいたい。しかし、天海が
な、今の羅山殿をそのまま駿府に
入れたのでは必ず災いを呼ぶと申
してな。そこで二つ頼みがある。
一つは剃髪してもらいたい。そも
そも侍講は僧侶の身分でなければ
ならないからじゃが、羅山殿の今
の姿を見ればどうしても小早川秀
秋殿の影がつきまとう。それを断
ち切るためでもある。二つ目は今
の号、羅山を改め道春と名乗るこ
とじゃ。これも羅が秀秋殿がま
とった緋色の羅紗地の陣羽織を、
山が関ヶ原の松尾山を思い起こさ
せるからじゃ。わしにとって秀秋
殿は関ヶ原の合戦で勝利に導いた
大恩人じゃと思っておる。道春の
道は人を導くという意味じゃ。そ
して天海が言うには秋は西を意味
するそうじゃが、秀秋殿は東軍で
あった。そして羅山殿はこれから
東に向かう。東は春を意味するか
ら道春とするのがもっとも良いと
いうことじゃ。いかがかな、受け
入れてもらえるだろうか」
「ははっ。そこまで私のような者
に心遣いいただけるとは、ありが
たき幸せにございます。道春の
号、謹んでお受けいたします。剃
髪ももちろんそうさせていただき
ますが、私の師である惺窩先生に
は大変な恩があります。その恩を
忘れないためにも私は儒者として
駿府に赴きたいと思います。お恐
れながら惺窩先生に習い儒者の頭
巾を被ることをお許しください」
「おお、それは良い考えじゃ。見
た目も生まれ変わって誰も道春殿
に疑念を抱く者はおらんじゃろ
う」
「大御所様。私はすでに家臣と
なった身。道春とお呼び下さい」
「そうか。では道春、駿府で会お
う」
 こうして羅山改め道春は慶長十
二年(一六〇七年)三月になって
ひとり京を発ち、駿府に旅立っ
た。
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