【長編】戦(イクサ)林羅山篇
謁見
 家康は以前、二十一歳の羅山が
朝廷の許可を得ず朱子学の講義を
開いたことを公家の清原秀賢から
告訴された時にその名を知った。
この時は「若者が学問を熱心に広
めようとしていることをとやかく
言うべきではない」と秀賢の告訴
をとりあわなかった。しかし、仕
官するとなると話は別で惺窩に比
べればはるかに格下の羅山を受け
入れる気にはなれなかった。
 家康が羅山の仕官に難色を示し
ていることを知った惺窩は門人で
家康の家臣、城昌茂に羅山の仕官
への取り成しを頼んだ。
 家康は惺窩の推薦をむげに断る
わけにもいかず、会うことにした
のだった。
 謁見の間に平伏して待っている
羅山は惺窩がいつも着ている深衣
と道服を真似た装束を着ていた。
 家康が着座して面を上げるよう
に促すと羅山はゆっくりと頭を上
げ、能面のように無表情の顔を家
康に見せた。
「お前は」
 家康は表情こそ変えなかった
が、心臓を締め付けられるような
恐怖を覚えた。羅山の人相は時が
立ち別人に見えてはいたがその目
はまさしく死んだはずの小早川秀
秋の狼のように鋭い目をしてい
た。
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