【長編】戦(イクサ)林羅山篇
東山方広寺の梵鐘
 駿府城内で家康は側近の本多正
純と談笑していた。そこに小姓が
入り、「崇伝がお目通りを求めて
おります」と告げた。
 今まで目立たない存在だった崇
伝の急な用件とは何か興味がわい
た家康は目通りを許した。
 崇伝は今まで見せたことのない
精気に満ちた顔で堂々と入ってき
た。そして挨拶を済ませると手に
持っていた紙を広げた。それは何
かの拓本だった。
「この拓本はこたび秀頼様が再建
された東山方広寺の梵鐘に刻まれ
た銘文にございます。こちらをご
覧ください。国家安康、君臣豊楽
とあります。これはお恐れながら
大御所様の名を分かち、豊臣家を
君主として繁栄を願っていると読
み取れます」
 それを聞いた正純が血相を変え
た。
「許せん。断じて許せん。これま
での大御所様のお心遣いをなんと
思うておるのか。その梵鐘、即刻
叩き壊してくれる」
「まあ待て正純。崇伝、よう見つ
けてくれた。確かにそうとも読め
るが、軽々に判断することはでき
ん。まずは豊臣家の真意を知る必
要があろう。正純、手配せい」
「ははっ」
 正純が立つと崇伝も礼をして一
緒に立ち去った。
 まだ血相を変えたままの正純と
その後ろに勝ち誇ったような顔の
崇伝が廊下を行くと、ちょうど家
康のもとに向かう道春とすれ違っ
た。二人のただならぬ雰囲気に道
春は廊下のはしにより頭を下げ
た。
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