【長編】戦(イクサ)林羅山篇
道春の読み
 茶臼山から大坂城の様子を見て
いる道春の側に家康が近づいた。
「道春、皆の布陣はどうじゃ」
「大御所様。お休みにならなくて
よろしいんですか」
「なあに、大丈夫じゃ」
「ここまでの各部隊が城外の砦を
落とし、城を包囲したところまで
はお見事としか言いようがありま
せん。しかしこうなっては誰もが
兵糧攻めと思うて長期戦の構えを
いたしましょう。そうなれば士気
が落ちます」
「そうなのじゃ。それで道春なら
どうする」
「お恐れながら、私にこのような
大戦の先行きなど読むことはでき
ません」
「何を申す。道春はかつて伏見
城、佐和山城の攻略に加わってお
ろう。その経験をふまえて申して
みよ」
「……。では申し上げます。岡山
に布陣しておられる上様の姿を真
田幸村に見せることです。上様に
は上杉征伐で真田との遺恨がおあ
りです。幸村は戦うためにここに
やって来ており、籠城して死ぬこ
となど考えておりませんでしょ
う。上様をあなどっている幸村は
上様の悠然とした姿を見れば必ず
挑発してきます。それが部隊の士
気を高めましょう」
「よい読みじゃな。わしもそれを
考えて秀忠を真田の曲輪近くに布
陣させたのじゃ。どうじゃ、そち
が秀忠にそれを伝えに行ってはく
れんか」
「はっ」
「それから、稲葉が大手柄を上げ
ておるそうじゃ。行ってわしが礼
を申しておったと伝えてまいれ」
「はっ」
 道春はすぐに立ち去り、秀忠の
布陣した岡山に向かった。
 秀忠は関ヶ原の合戦に間に合わ
なかった負い目をこの戦で払拭し
ようと神経をとがらせていた。そ
の雰囲気に周りの家臣もここだけ
は士気が高い。
「何者じゃ」
 秀忠の陣屋を警護していた兵士
に怒鳴りつけられて、とっさに無
抵抗の姿勢を示した道春。
「上様に道春が大御所様のお言葉
を伝えに来たとお伝えください」
 それを聞いて少しひるんだ兵士
が、
「しばしそこで待っておれ」と
言って秀忠のもとに向かった。
< 86 / 259 >

この作品をシェア

pagetop