【長編】戦(イクサ)林羅山篇
知恵者
林羅山から稲葉正成のことを聞
かれ、これまでのことを思い出し
ていた藤原惺窩が暗い表情を浮か
べながら口を開いた。
「あれはいつだったか、私のとこ
ろに不意に訪ねて来た。お福さん
が乳母となって、稲葉殿は五人の
子を養うのに難儀しておると。ま
だ仕官の口が見つかっていないよ
うだった」
「私のせいでしょうか」
林羅山も顔を曇らせた。
「狂った主を見限って早々と逃げ
出したのが心証を悪くしたよう
だ。他の者が大方、仕官できたの
は狂った主を見捨てず、その忠義
に同情したこともあるからな」
「稲葉にはなんとしても報いてや
らねば」
「そんなに心配することもあるま
い。稲葉殿はただの知恵者ではな
い。目先の利益にとらわれずもっ
と大きなものをつかもうと考えて
おられるのだ」
「そうでしょうか」
「その証にお福さんは秀忠様のお
子がもう乳離れしてるにもかかわ
らずまだ乳母としてとどまってお
る。私には稲葉殿がなにか知恵を
授けて少しでも永くとどまるよう
にしたとしか思えん。それであん
たは兄さんのところに行き、お福
さんと連絡をとろうとしているの
だろ」
「先生には何も隠せませんね。で
も兄に会って福と連絡がとれるか
どうかまだ分かりませんけど。と
りあえず行って参ります」
羅山は惺窩のもとを去ると京の
東山にある兄、木下長嘯子の庵を
訪ねた。
かれ、これまでのことを思い出し
ていた藤原惺窩が暗い表情を浮か
べながら口を開いた。
「あれはいつだったか、私のとこ
ろに不意に訪ねて来た。お福さん
が乳母となって、稲葉殿は五人の
子を養うのに難儀しておると。ま
だ仕官の口が見つかっていないよ
うだった」
「私のせいでしょうか」
林羅山も顔を曇らせた。
「狂った主を見限って早々と逃げ
出したのが心証を悪くしたよう
だ。他の者が大方、仕官できたの
は狂った主を見捨てず、その忠義
に同情したこともあるからな」
「稲葉にはなんとしても報いてや
らねば」
「そんなに心配することもあるま
い。稲葉殿はただの知恵者ではな
い。目先の利益にとらわれずもっ
と大きなものをつかもうと考えて
おられるのだ」
「そうでしょうか」
「その証にお福さんは秀忠様のお
子がもう乳離れしてるにもかかわ
らずまだ乳母としてとどまってお
る。私には稲葉殿がなにか知恵を
授けて少しでも永くとどまるよう
にしたとしか思えん。それであん
たは兄さんのところに行き、お福
さんと連絡をとろうとしているの
だろ」
「先生には何も隠せませんね。で
も兄に会って福と連絡がとれるか
どうかまだ分かりませんけど。と
りあえず行って参ります」
羅山は惺窩のもとを去ると京の
東山にある兄、木下長嘯子の庵を
訪ねた。