【長編】戦(イクサ)林羅山篇
秀忠の挑発
 突然、真田幸村の曲輪に三万人
を超える徳川勢の大軍がゆっくり
と迫ってきた。
 警戒していた物見の兵士が慌て
て幸村を呼びに行く。
 幸村は一緒に守備していた長宗
我部盛親と現れ、目の前に溢れる
兵士たちを悠然と眺めた。
 盛親が目を凝らし、
「あの旗指物は葵か。秀忠がじき
じきに出向いて来たのか」
 幸村は黙ったまま応えない。
 そのうち大軍は整列して止ま
り、中から一騎がゆっくりと進み
出て、曲輪に近づいて来た。
「あれは秀忠ではないか」
 盛親が唖然として幸村を見た。
 幸村はそれに黙ってうなずくだ
けだった。
 周りの兵士たちがざわつき、鉄
砲を準備し始める。それを見て幸
村が始めて叫ぶように言った。
「待てい。鉄砲を納めよ。これは
挑発じゃ、相手にしてはならん
ぞ」
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