帰宅部の反乱
 翌日から、授業が始まった。
 香織は、勉強はあまり得意ではなかったが、特にこの日は授業が頭に入らなかった。入学式当日の、沙紀の態度の変化、そして、昨日のキャプテンの意味深なため息。この高校のソフトボール部には、何かがある。しかし、それが何かは分からない。期待と不安の割合を円グラフで表すと、不安の部分の中心角は、時が経つにつれて大きくなっていった。
 その日の昼休み。香織と沙紀は、席が前後の位置にあるので、自然と一緒に昼食をとっている。
 「結局、ソフトボール部に入ったの?」沙紀が聞いてきた。
 「え、うん」香織は、ためらいがちに答えた。
 「そうなんだ」
 頑張ってね、と言ってほあしかった。でも、沙紀はそう言わなかった。そう言えない何かが、ソフトボール部にはある。
 「で、沙紀ちゃんは、何部にしたの?」
 「私? 私は写真部だよ」
 「写真部か……」
 言葉につまった。話題をクラブ活動からそらさなければ。ふと、沙紀のランチボックスの中身に目がとまった。
「そのたこさんウィンナー、沙紀ちゃんが作ったの?」
 「ああ、これ? そうだよ」
 「へえ、器用なんだね」
 「これくらい作れるよ。香織は料理しないの?」
 「料理は……」
 再び言葉につまる。中学生のとき、母親が風邪で寝込んで、香織が料理をしたことがあったが、その際、包丁で手をケガしてしまった。香織は右利きだが、俊足を生かすために、左打席に立つことにしている。送りバントをすることもあるが、左手をケガしてしまったために、バントが上手くいかなかった。それ以来、包丁は握らないようにしているのだ。それを話すと、再び話題がクラブ活動のことになってしまう。
 「料理は、ママがやってくれるから……」
 「ふうん、でも女の子なんだから、料理くらい出来ないとだめだよ」
 「そうなんだけどね」
 香織は、複雑な気持ちで、卵焼きをほおばった。
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