帰宅部の反乱
ようやく、その日の授業が終わった。香織には、とても長い一日に思えた。
運動部の部室がある部室棟は、グラウンドに面した、片隅にある。香織は、体操服の入ったスポーツバッグを持って、部室棟へ向かった。
ソフトボール部にある「何か」。それが何なのか、果たして今日、明らかになるのだろうか。香織は、身がひ引きしまる思いで、ソフトボール部の部室のある3階へ向かった。
部室に着くと、入り口の前に、十数人の生徒が立っていた。どうやら、上級生が着替え終わるのを待っているらしい。その輪の中に加わりながら、香織はふと思った。彼女たちは、このクラブにある「何か」を知っているのだろうか。見た目には、普通に見えるのだが。
しばらくして、部室から上級生たちが出てきた。運動部は、上下関係が厳しい。新入生たちは、誰からともなく、挨拶をした。香織も挨拶をしながら、先輩たちの体操服を確認した。全員、エンジ色だった。やはり、三年生はいない。昨日は制服姿だった城ヶ崎キャプテンも体操服で出てきた。香織と目が合ったが、昨日のことを憶えていないのか、何も言わずに通り過ぎていった。
入れ替わりに、新入生たちが部室に入っていった。部室棟の3階は全て女子のクラブの部室になっていて、男子は上がってこれないため、部室自体が更衣室になっている。
香織は、スポーツバッグの中から、真新しい体操服を取り出した。今日は体育の授業がなかったので、試着をのぞけば、初めてこの体操服に袖を通すことになる。レギュラーメンバーに選ばれればユニフォームを着用するが、それまではこの体操服を着て活動することになる。
着替え終わると、香織はバッグからグラブを取り出した。去年の夏、あのボールを取れなかったグラブだ。一度は捨てようと思ったこともあるが、このグラブで全国大会に進みたいと思い、大切に取っておいた。
ふと、そばにいた生徒に声をかけられた。
「あれ、自分のグラブを持ってきたの?」
「え、そうだけど……」
「たしか、クラブで用意してあるのを使うって聞いたけど」
「そうなんだ」
自分のグラブを使うのは、レギュラーになってからということか。香織は納得がいかなかったが、グラブをバッグに直した。
着替え終わった新入生たちは、部室を出てグラウンドへ向かった。グラウンドでは、二年生たちが待っていた。新入生たちはあらためて挨拶をした。
「みなさん、ソフトボール部へようこそ」二年生の一人が新入生に話しはじめた。
「昨日話した人もいると思いますが、私はこのクラブのキャプテンの城ヶ崎有里です。これから一週間、体験入部になります。一週間、一緒に活動して、正式に入部するかどうか、決めてください。それでは、今から練習を始めます」
有里はそう言って、走り始めた。ついで、他の二年生、そして新入生が続いた。最初はランニングからだ。いよいよ高校でのソフトボール部の活動が始まる。香織は気合を入れて走り始めた。
どうやら、部室棟の周りを走るらしい。部室棟は小さい建物なので、一周の距離は短い。これだと、二十周ほど走らないといけないな、と香織は思った。去年、中学の部活を引退してからも少しずつトレーニングを続けてきたが、本格的に体を動かすのはそれ以来である。
ところが、二周ほど走ったところで、先頭を走っていた有里が、足を止めた。ランニングが終わったようだ。わずか二周で? 香織は驚いた。これだけの距離では、練習にならない。初日だからだろうか。いや、そんなことはない。今は体験入部であり、運動部が初めての新入生もいる。初日からこの距離では、体験入部の意味がない。
にもかかわらず、有里は走るのをやめ、歩き出した。他の二年生もそれに続く。当然、香織をはじめ一年生もそれに従わないわけにはいかない。香織はやむなく、他の生徒に続いて歩き出した。
一行は、グラウンドに移動した。再び、有里が声を出した。
「はい、それでは、次に柔軟体操を始めます。二人一組になってください」
香織はあたりを見回した。知らない人ばかりだが、誰かとペアを組まないといけない。どうしようかと思っていると、声をかけられた。
「よかったら、ペアを組まない?」
「あ、うん、いいよ」
「私、森崎恵。よろしくね」
「あ、よろしく。私は、一ノ瀬香織」
「じゃあ、カオリンだね」
カオリン? わずか数秒で、ニックネームをつけられた。まあ、可愛いからいいけど。
新入生たちは、二年生にならって柔軟体操を始めた。香織と恵美のペアは、まず香織が座り、恵美がその背中を押した。香織は経験があるので、体は柔らかい。胸がひざにつくまで曲げられた。ついで恵美が座り、香織が背中を押す。恵美は運動部の経験がないらしく、その体は硬い。香織は少し強めに押した。
「いたた。カオリン、痛いよ」
「あ、ごめん。でも、もっと体を柔らかくしないと、練習についていけないよ」
「そんなの必要ないよ」
必要ない? どういう意味だろう。香織はその理由を聞きたかったが、恵美が舌をかむといけないので、あえて聞かなかった。
運動部の部室がある部室棟は、グラウンドに面した、片隅にある。香織は、体操服の入ったスポーツバッグを持って、部室棟へ向かった。
ソフトボール部にある「何か」。それが何なのか、果たして今日、明らかになるのだろうか。香織は、身がひ引きしまる思いで、ソフトボール部の部室のある3階へ向かった。
部室に着くと、入り口の前に、十数人の生徒が立っていた。どうやら、上級生が着替え終わるのを待っているらしい。その輪の中に加わりながら、香織はふと思った。彼女たちは、このクラブにある「何か」を知っているのだろうか。見た目には、普通に見えるのだが。
しばらくして、部室から上級生たちが出てきた。運動部は、上下関係が厳しい。新入生たちは、誰からともなく、挨拶をした。香織も挨拶をしながら、先輩たちの体操服を確認した。全員、エンジ色だった。やはり、三年生はいない。昨日は制服姿だった城ヶ崎キャプテンも体操服で出てきた。香織と目が合ったが、昨日のことを憶えていないのか、何も言わずに通り過ぎていった。
入れ替わりに、新入生たちが部室に入っていった。部室棟の3階は全て女子のクラブの部室になっていて、男子は上がってこれないため、部室自体が更衣室になっている。
香織は、スポーツバッグの中から、真新しい体操服を取り出した。今日は体育の授業がなかったので、試着をのぞけば、初めてこの体操服に袖を通すことになる。レギュラーメンバーに選ばれればユニフォームを着用するが、それまではこの体操服を着て活動することになる。
着替え終わると、香織はバッグからグラブを取り出した。去年の夏、あのボールを取れなかったグラブだ。一度は捨てようと思ったこともあるが、このグラブで全国大会に進みたいと思い、大切に取っておいた。
ふと、そばにいた生徒に声をかけられた。
「あれ、自分のグラブを持ってきたの?」
「え、そうだけど……」
「たしか、クラブで用意してあるのを使うって聞いたけど」
「そうなんだ」
自分のグラブを使うのは、レギュラーになってからということか。香織は納得がいかなかったが、グラブをバッグに直した。
着替え終わった新入生たちは、部室を出てグラウンドへ向かった。グラウンドでは、二年生たちが待っていた。新入生たちはあらためて挨拶をした。
「みなさん、ソフトボール部へようこそ」二年生の一人が新入生に話しはじめた。
「昨日話した人もいると思いますが、私はこのクラブのキャプテンの城ヶ崎有里です。これから一週間、体験入部になります。一週間、一緒に活動して、正式に入部するかどうか、決めてください。それでは、今から練習を始めます」
有里はそう言って、走り始めた。ついで、他の二年生、そして新入生が続いた。最初はランニングからだ。いよいよ高校でのソフトボール部の活動が始まる。香織は気合を入れて走り始めた。
どうやら、部室棟の周りを走るらしい。部室棟は小さい建物なので、一周の距離は短い。これだと、二十周ほど走らないといけないな、と香織は思った。去年、中学の部活を引退してからも少しずつトレーニングを続けてきたが、本格的に体を動かすのはそれ以来である。
ところが、二周ほど走ったところで、先頭を走っていた有里が、足を止めた。ランニングが終わったようだ。わずか二周で? 香織は驚いた。これだけの距離では、練習にならない。初日だからだろうか。いや、そんなことはない。今は体験入部であり、運動部が初めての新入生もいる。初日からこの距離では、体験入部の意味がない。
にもかかわらず、有里は走るのをやめ、歩き出した。他の二年生もそれに続く。当然、香織をはじめ一年生もそれに従わないわけにはいかない。香織はやむなく、他の生徒に続いて歩き出した。
一行は、グラウンドに移動した。再び、有里が声を出した。
「はい、それでは、次に柔軟体操を始めます。二人一組になってください」
香織はあたりを見回した。知らない人ばかりだが、誰かとペアを組まないといけない。どうしようかと思っていると、声をかけられた。
「よかったら、ペアを組まない?」
「あ、うん、いいよ」
「私、森崎恵。よろしくね」
「あ、よろしく。私は、一ノ瀬香織」
「じゃあ、カオリンだね」
カオリン? わずか数秒で、ニックネームをつけられた。まあ、可愛いからいいけど。
新入生たちは、二年生にならって柔軟体操を始めた。香織と恵美のペアは、まず香織が座り、恵美がその背中を押した。香織は経験があるので、体は柔らかい。胸がひざにつくまで曲げられた。ついで恵美が座り、香織が背中を押す。恵美は運動部の経験がないらしく、その体は硬い。香織は少し強めに押した。
「いたた。カオリン、痛いよ」
「あ、ごめん。でも、もっと体を柔らかくしないと、練習についていけないよ」
「そんなの必要ないよ」
必要ない? どういう意味だろう。香織はその理由を聞きたかったが、恵美が舌をかむといけないので、あえて聞かなかった。