【短編】朝焼けホイップ
「ねえ、ちぃちゃん」
なに、と小さく聞こえてきた。
「俺は、いつか絶対にちぃちゃんを手に入れるよ」
がちゃり、と扉が開く。
小さな身体を抱き締めた。
少し顔を上げると、窓からいつか見た朝焼けと似た、でも全く違う夕焼けが見えた。
「何を壊しても、良いんだ」
俺は知っている。
薫子さんがもう何もかもを知っていることも、貴音さんが俺の父親と不倫をしていることも。
そして薫子さん自身が、もう何もかもを手放したいと思っていることも。
ちぃちゃんはまだ知らない。
薫子さんが最後に一番に愛したのは、ちぃちゃんであることを。
全て知った上で俺を受け入れてくれた薫子さんが、何を望んでいるか知っている。
真面目なちぃちゃんが、薫子さんの手から俺を受け取ることを拒むことを薫子さんは分かっている。
ここは優しい世界だ。
優しくて脆い世界だ。
そしてもう、壊れてしまった。
ちぃちゃんが必死で守ろうとした世界はもう、跡形もない。
俺と薫子さんはそれでもその形だけを保っている。
ちぃちゃんは知らなくて良い。
こんな汚い世界を、彼女は知らなくて良い。
嘘の中で必死に咲いた花を、枯らす必要はない。