短編集
私と彼が別れてから半年が経った。
学部が違う彼とは会うことはなくなったけど、たまに見かけると未練がましく目で追いかけてしまう。
彼は毎日彼女のお兄さんと一緒にいる。
彼女とあれからどうなったのかは知らない。
大学生にもなると高校生みたいに噂なんて流れない。
流れたとしても大人だからいちいち気にしたりしない。
だから彼の話は私のところまで流れたりしてこない。
それが私にとって良いことなのか悪いことなのか、自分のことなのに判断できない。
私がもし彼女の家庭教師をすることを止めていたら、今も彼と付き合っていたんだろうかと考えたこともあった。
だけど、どれも答えはひとつしかでなかった。
私が止めていても止めていなくても、彼が彼女を好きになったに違いない。
いずれ訪れる結末だったんだと思えば少しは軽くなった気がした。
「違うんだって!俺のせいじゃないんだって!!」
「何が違うんだ。ちずが泣いて帰ってきたのはお前のせいだろうが」
「泣いてた?!超笑ってたよ?!」
「バカかお前。やっぱりお前なんかに渡すんじゃなかった」
「え?!ヤダ!ミッキー!!」
「うるさい!俺はちずを迎えに行くからお前は帰って反省しろ」
「俺も行く!!」
彼と彼女のお兄さんが彼女のことで口論になっている。
彼たちを見て、彼女は本当に愛されているんだと思った。
そして、彼は彼女をすごく愛しているということが雰囲気でわかった。
私と一緒にいたときよりも柔らかい。
私が引き出してあげられなかった彼の優しい部分が全身からにじみ出てる。
「お前は来るなと言ってるだろ!」
「なんで行っちゃダメなの!?」
「ちずが会いたくないと言ってる。ちなみに俺もお前と一緒にいたくない」
「兄妹揃ってひどい!」
「お前が誰にでも優しいのは結構だが、“ちず”と“その他大勢”の区別くらいつけろ」
「…どういうこと?」
「帰れ!!」
今も彼の優しさは健在らしい。
それが私であっても彼女であっても、きっと彼は世界中の人に優しいんだろう。
そんなところが私は好きだった。
きっと彼女もそれに気付いているし、彼女のお兄さんもそれを知った上でこうして一緒にいるんだ。
彼がどんなに優しくても彼女は彼を許すに違いない。
いや、許す許さないじゃなく、彼が彼女に染まっていくんだろう。
彼女はまだ気付いていないだけ。
彼の誰にでも優しいその優しさが不安になってるだけ。
でも、私も彼女のお兄さんもちゃんと見えてる。
彼が彼女にだけ特別に優しいのは一目瞭然だってこと。
「あ、遊久くんだね」
「うん」
「彼女と付き合ったのかな?」
友達の問いかけに私は頷くだけだったけど、その数日後、彼女が彼を迎えにきていて“高校生が迎えにきている”と少しだけ噂になった。
END