短編集
千晴くんからの告白は驚いたけど、嬉しい。
“一緒にいて楽”って言われて同じ気持ちだったことが嬉しい。
あたしも同じ気持ちだったし、この告白を受けて戸惑ってはいるけど、付き合ってもうまくいくんじゃないかって思ってる。
むしろ受けて晴れて恋人同士になった方がもっと楽しいことがあるんじゃないかって思える。
だけど、踏み切れないのはあたしの気持ちが弱いから。
「あたし…」
「ん?」
運転席からあたしを真っ直ぐ見つめて真剣に話を聞いてくれる。
「あたし、可愛くないですよ」
「だから?」
「だからって、」
「断るんやったらハッキリ言うてくれたほうがありがたいねんけど」
「違うんですっ」
溜息を吐きながらの言葉にあたしは慌てて言葉を返した。
断りたいわけじゃない。
迷惑なわけじゃない。
本当は嬉しい。
でも、何年経ってもあたしは自分に自信が持てないし、今の状況を打破して恋人になったとき、“こんなはずじゃなかった”って言われるのが怖いだけ。
「あたしは、」
「わかった。じゃあ、こうしよう。俺と付き合う?付き合わん?どっちか選んでくれたらええ」
あたしの話を一切聞かず、判断を委ねるあたりがもう千晴ワールド全開。
あたしのウジウジする態度に嫌気が差したのかもしれないし面倒になったのかもしれない。
でも良いように考えれば、あたしの云々は興味ないというか今のあたしでいいって言ってくれてるんじゃないかと思える。
あたしのどうでもいい私情よりも直感を言えと言ってるように聞こえる。
自惚れかもしれないけど、今はそう信じたい。
「…千晴くんと、お付き合いします」
「マジで?」
「…はい」
「え?ほんまに?付き合うってどういうことか知ってる?チューしたりエッチしたりすんねんで?」
「知ってます!そんなことわざわざ口に出さないでください!!」
「別に照れることちゃうやん。もうええ大人なんやから」
「そうですけどっ!」
「よし、じゃあ今から宮枇は俺の彼女や。これからゆっくり愛したるからなー」
ほな帰ろか、と車から先に降りてしまった千晴くんにまたもや唖然としたあたしは助手席に回ってきた千晴くんがドアを開けてくれたから車から降りた。
正直、“え?終わり?”っていうのが本当の気持ちだけど、告白の余韻もなくバイバイしちゃうらしい。
告白したのはあたしじゃないし、あたしがOKしたことで満足したのかもしれないけど、もうちょっとこう…色々話したりしてもよかったんじゃない?って思うのはあたしだけらしい。
「ほな家に着いたらメールすること」
「はい」
「気ぃ付けて帰りや」
「…はい」
俯きながら返事するあたしに千晴くんは近付いて「どうした?」と頭を撫でてくる。
「あ、わかった。チュー欲しかった?でもチューは3回目のデート終わってから。それまで俺はお預けやねん」
あれ?3回目ってエッチやったか?とか本気で考えてるから思わず笑ってしまった。
なんのマニュアル読んだの?って思うくらい真剣に考えてるから堪えきれずに声まで出てしまった。
「なんやねん、笑うなよ。これもお前のためやねんて。俺の真心を届けるためやん」
どうやら付き合った初日にキスやらエッチやらしちゃうのは道徳心に欠けることらしい。
千晴くんらしくない発言に笑えるし、この先もこういう千晴くんが見られるんだと思ったら急に嬉しくなった。
「俺の気が変わらんうちに帰る!」
「はい」
「あっ」
「はい?」
「今から敬語ナシな」
「え?」
「そんな他人行儀な彼女いらんで、俺は」
笑いながら「ほら帰り」と手を振ってくれる。
あたしは手を振り返して改札の前まで歩き、振り返る。
まだあたしを見送ってくれてて、手を振ってくれる。
そんなことが嬉しくて自然と笑顔になってたのか千晴くんが笑ってくれた。
あたしは改札を抜けてホームへ歩き出す。
ちょうど入ってきた電車に乗って二駅の道のり。
つい数分前までの出来事を反芻してニヤける。
携帯を取り出し、電話帳から千晴くんを呼び出す。
フルネームで入れてたのを名前だけにして受信フォルダもひとつ増やした。
そこは千晴くんだけの専用フォルダになる。
きっとこれからあたしの携帯は千晴くんでいっぱいになって着歴もメールも満たされる。
自信家で、いまいち思考が読めない不思議な人だけど、それをこれから理解していけるようになっていけるのかと思えば嬉しく思う。
家に着いたら彼女になってからの第一号メールをどうやって送ろうか考えてしまうあたしは千晴くんと恋したいらしい。
それを打ち明けるのもいいかな?とドアの窓に映るニヤけた顔を見つけて携帯で顔を隠した。
END.