短編集
the past and the present
「清羽ー!」
距離にして10メートル。公衆の面前だっていうのに大声で名前を呼ばれる。
「来たよ、むっちゃん」
「…むっちゃんって、あんたそんなに親しかった?」
「むっちゃん、清羽のこと全部あたしに聞いてくるからねー」
だから現れたのか、と溜息吐いて名前を呼ばれてるのも無視して歩き続ける。
「清羽ってばー!」
うるさい、うるさい、うるさい。
横からは「待ったげないの?」って素で言うし。
元凶はあんたなんだって、と言いたいのを我慢して無視を続ける。
「きーよは!」
掴まえたー!と後ろから抱き着いてくるからあたしの足は嫌でも止まる。
「歩けないんだけど」
「じゃあ、ずっとくっついてられるねー」
抱きしめてくる手を「はいはい」と言いながらさりげなく外し、目も合わさず歩き続ける。
各日でやってくるのはいいけど恥ずかしいし相手するのがめんどくさい。
「冷たいよ、清羽」
「連れてきたのはあんたじゃない」
「そういう意味じゃなくて、彼氏相手に冷たすぎ」
まるで忠犬と飼い主じゃない、と言うだけ言って「あたしこっちだから。お疲れ」と地下鉄に入っていった。
本当なんであんなのが親友なんだろうと思う。
でも気が合うし、なんだかんだいって頼りになるからしょうがない・・・それよりも。
「なぁ、ご飯食べて帰ろ」
「今日は実家帰るって言ったはずだけど」
「でも晩飯くらいはいいじゃん」
ダメ?と首を傾げられて頷いちゃうあたしはバカなんだろう。
あたしの言葉で一喜一憂する目の前の男を切れないのは誰のせいでもなく自分の意思でのことだけど、“この人があたしと離れたらどうなっちゃうんだろう”と考えると切るに切れない。
渋々了承したあと、最近ハマってるらしいちゃんこ鍋のお店に来た。
確かに鶏の出汁がよく出てて美味しい。
コラーゲンたっぷりで女性にも人気らしく「絶対清羽を連れてきたかったんだよ」とニコニコ笑いながら言う。
以前だったらその一言だけで今日の一日が取れて癒されて、彼に対する愛情がまた増してた。
でも今では彼氏でも男でもなく弟を相手してるような感覚で彼を見てる。
「美味しくない?」
心配そうに見る瞳も。
「これ清羽好きでしょ?」
自信ありげに語る口も。
「美味しそうに食べる清羽好き」
あたしへの愛の言葉も。
「清羽、可愛いなぁ」
全部、全部、半分の心でしか信用できない。
そもそもコイツは彼氏じゃないし、あたしへの償いなのかわかんないけど宮枇にあたしの勤務を聞いては纏わり付いてきてるだけ。
コイツとの恋は2ヶ月も前に終わった。