キャラメルください【短編】
キャラメルください
「そこ、間違ってる。」
「うっ…」
「キャラメルあげないよ?」
家庭教師の律くんはいつもキャラメル前提で話をする。
律くんは銀フレームのメガネがストイックに似合っている大学生だ。
家が近所で昔からの付き合いの律くんがバイトを探しているとの情報を聞きつけ、親が頼んだのだ。
娘の成績が壊滅的だから助けてくれ、とのことだった。
たしかに私の成績にはスワンがたくさんいるけれど、私自身は困ってない。
私困ってないよ、だから無理しなくてもと言ったら律君が唸るように「これは困らなくてはならない数字だ、馬鹿。」と怒られた。
昔からの付き合いで、律くんと遊んでいた時にキャラメルばかり食べていたことを覚えていたらしい。
正解したらご褒美としてキャラメルをくれる。そしたらメキメキと成績が上がった。なんて単純。だが親は泣いて喜んだ。
「なんで今日そんな集中力ないの?やる気ないの?」
バタン、と教科書を閉じると少しだけ苛立つ声色で言った。
律くんが怒ったら本気で怖い。
ちなみに今日、集中力がないのは勉強する机をコタツに変えたからだ。
暑くなってぼぅとするのも確かだけど、なによりずっと足が密着しているのがとてつもなく恥ずかしい。
「足が痺れちゃって」
てへ、っと笑ってみせた。笑うしかない。自然に足を外に出した。
律くんははぁ、とため息をついた。
「休憩にするか」
「わーい」
律くんは一つキャラメルを取り出した。あのキャラメルは律君もお気に入りの北海道の牧場から取り寄せたものじゃないですか。
「ほら、口開けろ。あーん」
「え、ご褒美にじゃなくていいの?」
「今日は特別な」
口をゆっくり開けて、放り込まれた時に律君の指が唇を掠った。ちょっとその指の感触にドキッとした。
男の人の指ってこんなに固いんだって改めて実感した。ドキドキしているからか、キャラメルが特別甘い。律君の指先に口紅の赤がついてしまった。
「律君、ティッシュ持ってくるね、律君?」
「え、あ、ああ」
律君の耳が心なしか赤い。口紅がついた指先をぼんやり見ていた。
「やっぱりキャラメルは美味しいですなー」
「…ああ」
律君の様子がこないだからおかしい。あの日、机の角とかに足をぶつけたり、腕が扉に当たったりして色々負傷して帰っていた日から。
やけにキャラメルをくれる頻度が多くなった気もする。
打ち所多すぎてなんか変になったんじゃ…
「ねえねえ律先生、律先生。こないだから変ですよ。なんか気が狂っちゃうんだけど」
「なにがだよ」
「よくキャラメルをくれるようになったのはなんで?ご褒美の価値下がってない?」
キャラメルタイムが多くなった。正解もしてないのにキャラメルをくれるようになった。その時律君はぼんやりとしている。
私は悟りを開いてこのあいだの指の感触は事故だったと言い聞かせ、ドキドキを消した。
「今日は私がキャラメルあげるね。治るかも」
口を開けて、律君。顔が真っ赤になった。
「いいって!」
「遠慮しない、ほら、開けろ!」
律君の口の中に放り込む。きっと溶けて甘いに違いない。その時私の指が律くんの唇についた。
思ったよりも柔らかくて、少しだけ撫でてしまった。そのままスライドさせて感触を楽しんだ。その時、ぐっと手首を掴まれた。
「律君の唇、柔らかい…ん、律君どうしたの?」
目が少しだけ赤く充血していた。
「お前かわいそうなくらい馬鹿だ、やっぱり馬鹿だ。…くそ、かわいい」
「え、それ全然嬉しくない」
「もう喋んな。いいから、お願いだから」
この時どれだけ律君を苦悩させたか、付き合ってから延々と聞かされた。
反省してます。
fin