貴方の残酷なほど優しい嘘に
ぐうの音も出ず、私は黙っているしかなかった。先輩が再び誠君に電話を差し出す、誠君が困ったように私の方を見たので、仕方なく頷いた。

「じゃあ、すみません」

誠君が私の携帯電話に視線を落とす。私と先輩は視線を誠君に向けた。彼は表情を変えずに携帯電話を開いたまま、私に差し出した。

「ありがとうございました」

何がありがとうなのかはわからないが、誠君からしてみればリアクションに困るだろう。私は何も答えず、差し出された携帯電話に手を伸ばす。

だが、私の手が携帯電話を掴み損ねた。だからどちらかと言えば私の所為だろう、落ちそうになった携帯電話を誠君が慌てて掴んだその拍子に彼の指が送信ボタンを押した。

そしてミサイルは発射された。

『あっ!』

三者三様に短く声を上げたが、送信済みの画面が変化することはなかった。

「すみません、すみません、すみません」

壊れた人形の様に誠君が謝る。その姿は私を冷静にさせた。

「気にしないで、送るのがちょっと早くなっただけだよ。夜には送るつもりだったから」

嘘だった。きっと私は送信ボタンを自分で押すことは出来なかっただろう。それが出来るなら今頃違う生活をしているはずだ。きっと先輩もそれをわかっている。

だがらこれで良かったのだ。一つだけ、そのボタンを押させてしまった誠君には申し訳ないと思った。

それから解散するまで、誠君はすみませんと繰り返した。それと同じ数だけ私は笑顔で気にしないでと言った。

実家に帰ると、両親と妹は予想通りの顔をしたが、取り敢えずは受け入れて貰えた。その夜、日曜日でも仕事の彼氏から電話が来たのは6時半前だった。私は出なかった。自分の気持ちの整理が追いついていなかった所為だ。今、直接話をしたら心が簡単に折れてしまう気がした。

実家の電話番号は教えていないが、1度連れて来た事があるので、いずれここに来るだろう。話はその時でいい。

そんな事を考えていたのに、何度目かの電話の後メールが入った。一言だけ

『もういい』

なんて呆気ないんだろう。女盛りの時間を費やした恋はたった一言のメールでいとも簡単に終わりを告げた。悲しくは無かったが、嬉しくもなかった。

「お姉、大丈夫?」

「何が?」

人は悲しくないと思っていても泣く事があるらしかった。







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