目の覚めるような赤だった
平穏
迅のトシさん宅通いが始まった。
早朝、迅は勘太郎の散歩に出かけて行く。その後、トシさんの畑仕事や家の仕事を手伝い、そのまま無人野菜販売所で売り子をするのだ。夕方、勘太郎の二度目の散歩に行き一日が終了だ。
私は格段に時間ができ、受験勉強がはかどる。
しかし、迅は私がこもりきりなのはいけないと、昼食はトシさんの家に来るようにと言うのだ。トシさんの家はこの家から徒歩20分。炎天下の中、歩いていかなければならない。昼食のためだけにそんな体力を使いたくないけれど、迅の持論として受験と大学生活ために体力は必要だそうだ。
嫌になってしまう。逆らって意地を張って、迅と喧嘩したいわけじゃないし、トシさんがお昼を作ってくれるのを断るのは角が立ちそうでもある。結局、私は渋々トシさんの家に通っている。
行ったら行ったでトシさんは「タダ飯にありつこうって気かい」と文句のひとつも言ってくるのでうんざりだ。好きで来ていないと心の中だけで言い返して、慌てて昼食の仕度を手伝う。といっても、ほとんどできたものを運ぶだけで役には立っていないけれど。
そうめんだったり、親子丼だったり、メニューはその日によって違うけれど、トシさんの食卓にはいつもふんだんに野菜が出てくる。きゅうりの浅漬け、ナスの味噌いため、オクラとミョウガの冷ややっこ、ミニトマトが山盛り。トシさんが作っていなくても近所の人が作った野菜を交換しているので、毎日いろんな野菜が食卓に並ぶ。そして、それらすべてが驚くほど美味しいのだ。
私が今まで食べてきたのは何だったの?そのくらい味が違う。味が濃くて、瑞々しくて、苦手だったピーマンまで美味しく食べられた。すべては栄養豊富な畑で育った作物を新鮮なうちに食べているからなんだと思う。
トシさんの家に通うことは憂鬱でありながら、一方胃袋では完全に掴まれてしまい、私は毎日訪問を続けている。食事への執着が薄い私にしてはめずらしいことだ。