chocolate mint
「嫌よ。最近駅裏に痴漢が出たのよ。お姉様が襲われてもいいの?あんたは、そんな薄情な弟だったの?」
「……はぁ」
いいよ、とは言えない。確かに見た目だけなら紫ちゃんは美人だから、万が一の事があったら大変だ。
……僕が痴漢なら絶対に紫ちゃんは襲わないし、その場にいたらこの人にだけは手を出すなと教えてあげたいくらいなんだけど。
「ま、いいわ。疲れてるとこ悪いけど、迎えに来てよ」
黙りこんでしまった僕に紫ちゃんがもう一度『迎えに来て』と言った。
『疲れてるとこ悪いけど』なんて言ってるけど、これは命令と同じだ。もう返事はイエスしかない。
「……分かったよ。車じゃなくてもいいんだよね?」
「うん、ありがとう。素直な弟で良かったわ」
その何か含みのある言い方は気になったけど、疲れた頭ではそれ以上何も考える事が出来なかった。
頭だけじゃない。身体も疲れきっていて、正直限界だ。
共同経営者として誘ってくれたっていう和希さんの言葉通り決まっていたのは店を構える場所の候補地だけで、青木さんは改装を含めて全て一から僕と一緒に店を造りたいと話してくれた。
それは嬉しかったけど、『Felitita』の通常業務だけでも忙しいのに、新店舗のコンセプトやメニュー、雰囲気や内装の細かい所まで一つ一つ二人の時間を合わせて相談して決めていくのはなかなか時間がかかる作業だった。
新店舗を立ち上げる事は、まだスタッフですらごく一部の人達しか知らない。
勤務を変わったり、減らしてもらう事もできずに、特にこの一ヶ月は心も身体もかなり疲弊していた。