嵐の夜は【短編】
嵐の夜は
台風が近付いてくることを知ったのは、大粒の雨が一粒肌に落ちた後。びしょ濡れになった後、携帯電話で確認した時だった。
スーツが肌にぺっとり貼り付いて、気持ち悪い。駅の構内に逃げ込むと、同じような人が何人もいた。びっしょり濡れていて、一様にげんなりした表情を浮かべている。
「ほんとやべぇ…」と暗く呟く声が聞こえた方を向いた。その人は一際酷かった。服のまま風呂に浸かったようなくらい濡れていた。セットしていただろう黒髪から、買いたてであろうスーツから、水がポタポタと落ちている。
あまりの酷さに私が目を背けずに固まっていると、「凄いでしょう」とその人は苦く笑って見せた。笑った顔は案の定、幼かった。
「強風で傘が飛んでいってしまって、このざまです」
「それは、大変でしたね…」
「家に帰ろうにも電車も運行を取りやめたみたいなんで、ここに泊まろうと思って」
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