先生、ボクを飼ってよ
「驚いた顔のままよ? 椎名君」
先生はピアノの前に座る。
そして、ボクに座るよう促した。
ボクは近くもなく、遠くもない場所を選んで座った。
すると、柔らかい音色が耳に届いた。
それはボクの緊張を解いていく。
「いつもと、雰囲気が違いますよね」
邪魔にならない程度で、話しかける。
このまま座って聴いていたら、昨日みたいに眠ってしまいそうだったから。
「緊張するの。多くの人を前にすると」
先生は指を止めず、会話を続けてくれた。
「ニガテ……なんですか?」
「ええ、昔から」
これ以上、この話題を取り上げるのには無理がある。
話が広がらない。
そう判断したのはいいけど、次の話題が見つからない。
その結果、心地よいピアノの音を聞くだけだった。
「今日はこれくらいにしておきましょう」
いい具合に瞼が落ち始めたとき、先生は演奏を止めた。
五時を告げるチャイムが鳴ったのだ。
先生はピアノを片し、ボクが返したセーターを手に、立ち上がった。
ボクも立ち上がったけど、あまりの眠さに思わずあくびをひとつ。
「椎名君、起きてる?」