狂おしいほど惹かれてく(短編集)
101:狂おしいほど惹かれてく
【狂おしいほど惹かれてく】



 豊から「冷蔵庫になんもない。オムライス食べたい。お腹減って動けない。助けに来て」と連絡がきたけれど、丁重にお断りした。
 豊が住んでいる築三十年、木造二階建てのアパートには、住人分の駐車場しかない。だからやつの部屋に行くにはバスか、徒歩十分ほどの所にあるコインパーキングに車を停めるか、さらに離れた駅に下りるか。

 冷蔵庫に何もないとSOSを寄越すくらいだから、それなりの荷物を持参しなくてはならない。その荷物を抱えてバスに乗る、もしくはコインパーキングや駅から歩く元気は、六連勤を終えたばかりのわたしにはない。

 そうしたら豊は「迎えに行くからどうかお願いします!」と。電話の向こうで土下座しているようなくらいの声色で頼むから、仕方なく了承した。

 近くのスーパーの駐車場まで迎えに来てくれた豊は、この週末ろくなものを食べていなかったのかボロボロで。まったく。ファストフードもコンビニ弁当も苦手、ちゃんとした手料理か定食屋の料理しか受け付けない、なんて。面倒な胃袋を持って生まれたものだ。だったら小料理屋の近くにでも引っ越せばいいのに。どうやら学生時代から住んでいるこの木造アパートが気に入っているらしい。
 だからやつはしょっちゅうわたしの部屋に来るか、外食をしているみたいだけれど。この週末は外に出る元気すらなかったらしい。


 念願のオムライスを食べて元気を取り戻した豊はいつの間にか、食事中見向きもしなかったクイズ番組の解答者になっていた。今のところ十問連続正解。
「優勝賞金は俺のもんだ!」と鼻息強めで言うけれど、あんたはただの視聴者でしょうが。もらえないもらえない。

「なんでこんな問題分かんねえんだよアルプス山脈!」

 悪態とクイズの解答を句読点なしで言うのはやめてほしい。「~ナリ」とか「~ザンス」とか「~アル」とか。アニメの特徴的な語尾のようだ。語尾のようアルプス山脈。

「でも実際現場でテレビカメラに囲まれて、時間制限とか罰ゲームとか考えながらやったら、答えられないのかもしれないよ」

「そうかぁ?」

「そうだよ。カメラの前でプレッシャーと戦ってるのと、木造アパートの一室でインスタントのコーンポタージュ飲みながらやってるのとは違うよ」

 言うと豊はコーンポタージュを啜りながらもう一度「そうかぁ?」と、納得していないような返事をした。

「じゃあこうしよう。今から不正解ごとにビンタ一回」

「……それ、梓も?」

「そう、わたしも。早押しね」

 これまた納得していないような顔で「そうかぁ……」と呟き、豊はじりじりとわたしの横までやって来る。



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