狂おしいほど惹かれてく(短編集)
三月二十五日のことだった。
遠くでピンポンが鳴っている気がして目が覚めた。
手探りで枕元のスマートフォンを探し当て、ディスプレイの眩しさに目を細めながら確認すると、深夜二時半。こんな時間に来客なんて有り得ない。
事実、ピンポンは鳴りやんでいて、辺りはしぃんと静まり返っている。
ピンポンは気のせいだったのかもしれない、けれど、別の問題が発生していた。
ディスプレイには、不在着信十五件、の文字があった。誰からの着信かといえば、全て「フランシス・ミィシェーレ」さん。わたしの職場の上司で、超絶美人のフランス人だ。社内外、男女共に絶大な人気を誇るフランス人上司が、真夜中過ぎから計十五件の着信を残すなんて、一体何事なのだ。
まさか仕事で何か問題が起こったとか……? いや、それにしたってこんな時間にフランシスさんだけが連絡を寄越すというのは不自然だ。
最後の着信は十分ほど前だけれど、こんな時間にかけ直してもいいだろうか。
迷っていたら、窓がこんこんと鳴った。バルコニーに面した窓だ。
瞬間、背筋がぞくりと震えて飛び起きた。
そしてまだ覚醒しきっていない頭で考える。
明らかに何者かがバルコニーにいて、窓を叩いている。わたしの部屋は一階とはいえ、深夜二時半にバルコニーに侵入して窓を叩くなんて普通ではない。もしかしたら部屋のチャイムも気のせいではなく、今バルコニーにいる何者かが鳴らしたのかもしれない。
窓を割られる前に、警察を呼んだほうが良いだろうか。それとも十分前に電話を寄越したフランシスさんに助けを求めるべきか。
と、ここまで考えてはっとした。ようやく目が覚めてきた。
そして着信履歴からフランシスさんに発信する。間もなくバイブ音がすぐ近くで鳴り「Allo、良かった、アイさん、やっと気付いてくれましたね」という声が、窓の外から聞こえたのだった。
「ああ、やっぱり……フランシスさん、あなた今、バルコニーにいますね?」
「ええ、二時間以上部屋の前にいたのですが、全然反応してくれないので困っていたのです」
「ああ、はい……寝ていましたし……」
とにもかくにもバルコニーに侵入した何者かの正体が分かった。なら早いところ彼を何とかしなくては。このままバルコニーでの会話をしていたら近所迷惑になってしまう。
「鍵開けますから、玄関から中へどうぞ……」
だからこう言わざるを得なかった。