狂おしいほど惹かれてく(短編集)
正直、こんな深夜に上司であるフランシスさんを部屋に上げたくはなかった。
もしかしたら仕事の話をしに来たのかもしれないけれど、わたしは部屋着ですっぴんで寝起き。一応手櫛で髪を梳いてみたけれど、とても見せられるような恰好ではない。それをよりにもよって超絶美人に見られるなんて……。
少し毛玉が出てきたワンピース型の部屋着を隠すためにカーディガンを羽織り、渋々ドアを開ける。
その向こうに立っていたフランシスさんは、会社で見たときと同じくスーツ姿で、会社でよく見る美しい笑顔で。申告によると二時間以上部屋の前にいたらしいけれど、そんな寒さも疲れも感じさせないくらい、いつも通りのフランシスさんだった。
部屋に招き入れ、コーヒーを淹れているあいだ。フランシスさんはとても美しい姿勢で正座をして待っていた。が、違和感がすごい。わたしがいつも過ごしている八畳の和室に、ブロンドで超絶美人のフランス人が座っているなんて……。
コーヒーをテーブルに置き、フランシスさんと少し距離を取って座った。のは、部屋着やすっぴんをあまり見られたくないから。それと、深夜の二時半に訪ねてきた上司を訝しんでいたからだ。
そんなこともお構いなしにフランシスさんは上品な仕草でコーヒーを飲み、そして顔を上げてじっとわたしを見ると。穏やかで優しく、慈愛に満ちた声で、こう言ったのだった。
「恵まれた女よ、おめでとう。主があなたと共におられます」
「……、……、……、……はい?」
だいぶ覚醒してきたとはいえ寝起き。まだ思考が追い付かない。
恵まれた女? おめでとう? 主がなんだって?
「ええと、ちょっと意味が分からないんですが……もう一度言ってもらえますか……?」
「ですから、アノンシアシオンですよ。そのために僕はここに来たのです」
「……いや、やっぱり意味が分かりません」
「じゃあアンヌンツィアツィオーネです」
「アンヌンって……どうして急にイタリア語に……?」
「つまり、受胎告知ですね」
「はあ、はい……」
「とにかく僕は今夜、アイさんに受胎告知をしに来たのです。恵まれた女よおめでとう」
「いや、やっぱり意味が分かりません……。え、なんでジャケット脱ぎ始めたんですか? なんでネクタイ外すんですか?」
話に全くついていけないわたしを横目に、フランシスさんはジャケットを脱ぎ、ネクタイも外す。そして当たり前のようにシャツのボタンも外し始めたから、寝起きの頭は混乱した。
「まあまあ、落ち着いてください。とりあえずベッドに行きましょう」
フランシスさんはまるで食事にエスコートするかのようにベッドに促す。
もしかしたら仕事で何か問題があったのかもしれない、と。わずかな可能性に賭けてみたりもしたけれど、これでその可能性は消えた。
このひとは仕事の話をするためにやって来たのではない。「そういう」つもりでやって来たのだ。